氷三部作 (ウラジミール・ソローキン著:河出書房新社)

 氷三部作とは、現代ロシア作家ウラジミール・ソローキンによって今世紀初め(2002--2005)に書かれた「ブロの道」「氷」「23000」から成る一大サーガです。SFと分類しても問題ない気もしますが、やや幻想小説あるいは怪奇小説に近いかもしれません。
 1908年シベリアに落ちたツングースカ隕石の調査隊に加わって現地に到達して隕石の正体である巨大な氷に触れ、はるか昔から宇宙に存在していた「原始の光」である23000の魂が自分を始めとする地球の人間の中に閉じ込められている事を思い出した男(彼の「真の名前」がブロ)が、囚われた魂の開放のための「兄弟団」を立ち上げロシア革命以降のソビエトさらにソ連崩壊後のロシアを中心として暗躍するという展開は、一見すると例えばフリーメーソンによる世界支配といった陰謀史観系の話に見えます。しかしブロを始めとする「兄弟」たちは「肉」(彼らの言葉での通常の人間)の世界の出来事には基本的に無関心であり、政権内での暗躍も政治支配のためではなく単に「兄弟探し」の目的を容易に行うためです。その結果、スターリン政権下の大粛清や第二次大戦でのユダヤ人虐殺などには彼らの魂の宿った人間たちも巻き込まれ、例えば3番目に覚醒した「兄弟」であるデリーベス(実在の人物)はチェーカーの幹部としてブロたちの行動を助けますが、史実通りに最後は大粛清によって処刑され、彼の作ったチェーカー内の組織も大打撃を受けます。
 第一部「ブロの道」では、兄弟団の創設からその発展と降りかかる困難が主にソビエトの歴史に重ねて描かれているのに対し、第二部「氷」では、ソ連が崩壊して金がすべての世界に変わった現代ロシアにおいて、健康器具系の新興企業としての表の顔の裏でカルト集団としての活動を続ける兄弟団が描かれています。兄弟たちの魂の宿る肉体は金髪碧眼という著しい特徴があるものの、実際に魂が眠っているのは金髪碧眼の人間のごく一部であり、眠った魂を呼び覚ますのは拉致して心臓の上を氷のハンマーで殴打するという荒っぽい方法が必要です。そのため実際には兄弟たちの魂の宿っていない人間がこの処置を受けて死亡したり重傷を負ったりしており、第三部「23000」ではその被害者たちの立場から見た兄弟団が描かれています。兄弟団を密かに調査して彼らに復讐をするはずが却って囚われた通常人の男女二人は、隙を見て脱出するもののそれもまた彼らの手のひらの上で踊らされていたものでした。ついに23000の魂すべてを覚醒させた兄弟団は、ある無人島に集まって行う儀式に手助けが必要であり、二人はその役割を担わされます。その結果、どうやら23000の魂は目的を果たして地球から去るのですが、通常人から見ればそれは「人民寺院事件」と同様の、カルト集団による集団自殺そのものです。オウム真理教も日本以外で最も信者が多かったのがロシアであったように、どうもロシア人にとってカルトは結構波長が合うものなのかもしれません。

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「みなごろしのクロム」連載終了

 以前に一度紹介したwebマンガの「みなごろしのクロム」が、5/14の更新で唐突に最終回(23話)となりました。掲載されている「あしたのヤングジャンプ」は有志が自由に投稿できるサイトなので打ち切りではありませんが、ソロモン教団を始めとするさまざまな伏線を放置しての唐突な最終話からすると、ミトラの上司によるやや無理やりな締め発言はあるものの、作者が話の展開に行き詰って半ば投げ出し気味に無理やり終了させたのでしょう。
 その後の18日に追加された補足においてこの作品世界について解説がされ、以前の記事で私が書いた想像がやや違っていた事が解りました。少なくとも作者の意図としては別にコンピュータ内空間ではなくもっと現実味のある世界であり、クロムが行おうとした「世界の改変」もその通りの意味だったようです。ソロモンの聖騎士がそれほどまでに強力であるとは、実際に描かれた部分からだけでは想像できなかったのですが、六角塔とソロモン教団とが双方の人数と力とによって微妙なバランスを保っているというのはなかなか面白いかもしれません。
 実際にこのまま終わってしまうのか、何らかの形で続編が書かれるのかは今の所解りませんが、行方不明となったミトラを探して三人が世界を旅するという続編の展開は容易に想像できます。そこに六角塔とソロモン教団それぞれが絡んで、これまで描かれなかった細かい設定を出してくれれば、かなり面白い内容になるのではないでしょうか。

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ヴィーナス・プラスX (シオドア・スタージョン著:国書刊行会)

 国書刊行会の「未来の文学」はやや変わったテイストのSF作品からなる叢書シリーズで、今回紹介するのはその中の一冊です。著者のスタージョン(1918--1985)は、「SFの90%はクズである。ただし、あらゆるものの90%はクズである」という言葉が有名な米SF黄金期の作家であり、おそらく「人間以上」が最も有名な作品でしょう。この記事を書くために調べてみて、彼はまたStar Trek(TOS)のエピソード"Shore Leave"(おかしなおかしな遊園惑星)と"Amok Time"(バルカン星人の秘密)の脚本も書いた事を知りました。後者は「ヴィーナス・プラスX」の主題と重なる人類とは異なる性的規範を主題とする作品であり、なるほどと思いました。
 ホモ・サピエンスが滅んで両性具有の新人類「レダム人」の住む未来世界に突然連れてこられた主人公がその世界を紹介されるパートと、作品の書かれた現在(1950年代)アメリカにおける子供二人の「普通の」家庭の日常のパートとが交互に描かれており、両方のパートは表面的には最後まで全く交わらないのですが、前者のパートでレダム人から指摘される現代人が当たり前と思っている性差や性規範の人為性が、後者のパートではそれらが実際に揺らいでいる事が描かれています。あとがきにもあるように、性についての議論を積極的に取り上げた所謂「ジェンダーSF」の一つですが、個人的には同じくジェンダー系作家のル・グインの作品に比べると堅苦しくなく気楽に読めた気がします。

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忘れられた人々  (ルイス・ブニュエル監督:メキシコ映画)

 このブログですでに何回か紹介しているルイス・ブニュエル監督の、かなり初期(1950年)の映画です。
 繁栄する大都会の片隅でその繁栄に取り残された貧しい人々の惨めな生活を描いたこの作品は、ラストまでほぼ全く救いがなくひたすら暗い展開に終始します。不良グループのリーダーであるハイボの悪ぶりは半端ではなく、感化院を脱走して戻ってきた彼は以前よりさらに悪くなってついには殺人に手を染め、最後は待ち伏せしていた警官に射殺される事になります。一方で、何とかグループから抜け出しして真面な生活に戻ろうとする主人公ペドロはハイボとの関りを絶てずに転落して行き、唯一自分を信用してくれた感化院長の期待に応えようとしてハイボと対立した結果、彼に殺されるという悲惨な運命には、何ともやりきれなさを感じます。しかしながら、考えてみれば悪い環境を努力で克服して更生するというヒューマンドラマ系美談は実際にはきわめて稀で、このような結末の方がはるかに現実的なのかもしれません。
 一見善人に見えた街角に置き去りにされた少年を保護した老芸人も実はかなり横暴な人物だったり、またペレスの死体を自分の家の納屋で発見した老人も関わり合いを恐れて死体をゴミ置き場に捨ててしまうなど、虐げられた側の人々の心の荒み具合もはっきりと描写しています。その老人の孫の少女メチェと老芸人に保護されていた捨て子の少年との別れの場面のみが、今回私が観て唯一ほっとしたところでした。
 この作品のあらすじは以下をご覧ください。忘れられた人々

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NASAの外惑星探査に関する3題

最近は太陽以外の恒星をめぐる惑星(系外惑星)に関するニュースが盛んに報じられていますが、ある程度以上詳しく調べられるのはまだまだ太陽系内の天体に限られており、ましてや探査機による接近調査が可能なのはその中でも限られた天体にすぎません。そして木星以遠の外部太陽系への探査機に関しては、現時点ではまだNASAの独擅場です。今回はそれらの探査機に関する最近の話題です。

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