魔の沼 (天沢 退二郎 著:筑摩書房)

 少し前に紹介した「オレンジ党と黒い釜」の続編で、「三つの魔法」シリーズの第二話となります。実はこのシリーズの作内時間は第一話から第四話までを通してある年の4月から11月までのわずか半年程度に過ぎず、この「魔の沼」は「オレンジ党と黒い釜」から2か月ほど経った7-8月頃、小学校の一学期が終わり夏休みに入った頃の話となります。オレンジ党の本来のメンバーである6人の小学校6年生のうち、名和ゆきえが遠くの施設に預けられて姿を消し、その代わりに中学生の田久保京史が準メンバーのような形でオレンジ党と共闘しています。「オレンジ党と黒い釜」では基本的にとき老人の導きに従って行動していたオレンジ党ですが、彼が姿を消したこの話では彼ら自身で出来事の意味を考え、この先に何が起こるのかを予想して行動する必要に迫られ、特に李エルザのリーダーシップが際立ってきます。前話では六方・千早台両小学校の近辺が中心だった冒険範囲もより広がり、新たに登場した地名から舞台のモデルが現在の千葉市北部から印旛沼の辺りであるのがはっきりとしてきました。恐らく現在ではすっかり住宅街となっているのでしょうが、この物語の想定されている時代(1950-60年頃)は実際にこのような半田舎の風景が広がっていたのでしょう。

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サルは大西洋を渡った -- 奇跡的な航海が生んだ進化史 (アラン・デケイロス著:みずず書房)

 ダーウインの逸話に登場するガラパゴス諸島のそれぞれの島での固有種進化がその例であるように、比較的相互の距離が近い陸地間では元々の生物種が別々の陸地に拡散し、お互いに個別に進化してやがて別々の種が生まれるというシナリオは、進化論が定説になって以降は普通に受け入れられてきました。特に問題となる生物種が長距離飛行可能な鳥などの場合は、お互いの距離がかなり離れていても移住が可能であり、その結果かなり離れた場所で同じ祖先種から進化した別種が進化する事も十分にあり得ると考えられます。一方で、空を飛んだり長距離を泳げない陸上動物はそれとは異なり、距離が近い島はともかく数百km離れた島には人為的手段を除けばたどり着く事が出来ないと考えられてきました。常識的に考えても、自分で船を造る事のできない人間以外の陸上動物が海を渡るには自力で泳ぎ切るか浮遊物に乗って偶然たどり着くしかなく、ある程度以上の餌や水が必要なサイズの陸上動物が長距離航海するのはほとんどあり得ないと考えられます。しかしながら「ほとんどあり得ない」というのは地質年代レベルの時間単位で考えたときには必ずしも真実ではなく、実際に過去にはそれが何度も起こっていたというのが、今回紹介する本の主張です。

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パラークシの記憶 (マイクル・コーニイ著:河出文庫)

 先日紹介した「ハローサマー、グッドバイ」の続編、あるいは前作で残っていた様々な疑問に対する解決編です。
 物語の舞台は「ハローサマー、グッドバイ」の惑星で、前作から恐らく数千年後、主星と巨大惑星ラックスとによる惑星の取り合い周期のちょうど1サイクル後の年に、主人公の少年と一族の長であるその叔父との対立を描きながら、再び訪れようとしている40年の「大凍結」への対処がより大きなテーマとなっています。もちろん、惑星の特殊な天文学的条件は前作に引き続き大きなポイントですが、一方で前作とは二つの大きな設定の違いがあります。
 一つは、主人公たちの種族には自らの先祖の記憶を遺伝的に保持する能力があるという、前作ではまったくなかった設定です。正確に言うと、男性は自分の父親が自分を受精させるまでの記憶をそのさらに祖先の記憶も含めて引き継ぎ、同様に女性は自分の母親が自分を妊娠するまでの記憶を引き継いでいます。この設定によって、自分の生まれる前の過去に起こった出来事も祖先の視点から正確に思い出す事ができ、その結果現在直面した出来事に対して祖先がどのように対処したのかを倣う事ができます。そのため種族の社会的風習は非常に安定的に保持される一方で、新しい発想はほぼ生まれない非常に保守的な社会となっています。恐らくその理由で科学技術レベルは前作の世界よりもかなり退化していて、内燃機関による自動車は非常な貴重品であり、内陸と海辺との集落とはほぼ分断され交流がほとんどない状態です。また、遠い昔になればなるほどその記憶を想起するのは困難になるため、前作の主人公だったドローヴとブラウンアイズは遥か昔の危機を救った伝説の恋人としてのみ記憶され、彼らの具体的な行動はほとんど知られていません。
 もう一つの違いは、地球とは異なるこの惑星にすでに地球人が到達していて、原住民と一定の交流がある点です。この世界における二大宇宙航行種族の一方である地球人は鉱物資源を採掘するために数世代前からこの惑星に少人数ながら駐屯しており、原住民への限定的な物資・技術援助も行っています。ただ両者の関係は必ずしも良好ではないようです。もし「ブロントメク!」と共通の世界での作品であるなら、駐在しているのはヘザリントン機関の代表者なのかもしれません。また、地球人の科学技術レベルは原住民よりはるかに高いもののこの惑星に関する知識は限定的であり、主星・ラックスによる惑星の取り合いという数千年周期の現象に関しては、物語開始時点では気が付いていないようです。

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オレンジ党と黒い釜 (天沢 退二郎 著:筑摩書房)

 前に紹介した「光車よ、まわれ!」の、続編ではないものの世界観をかなり共通した同じ作者の児童文学であり、こちらは今回初めて読みました。この1978年に出版された「オレンジ党と黒い釜」は三部作「三つの魔法」の第一話で、第二話「魔の沼」(1982)、第三話「オレンジ党、海へ」(1983)が続き、さらにかなり後の2011年に、続編となる「オレンジ党 最後の歌」が出版されています。
 オレンジ党とは、物語の舞台となる町の六方小学校の六年生6名(ただし1名は隣の千早台小学校)から成るグループで、謎のとき老人に導かれて、「黒い釜」捜索作戦を行っています。「光車よ、まわれ!」の主人公たちの家庭がいずれも何らかの理由で父親不在だったのと対になるかのように、メンバーの鈴木ルミ、李エルザ、由木道也、竜竜三郎、名和ゆきえ、森コージはすべて母親が死亡しており、しかもその理由は「黒い釜」に関係しています。とき老人の説明によれば、この世界には「黒い魔法」「古い魔法」「時の魔法」の三つの魔法があり、その使い手が三つ巴の戦いをしています。嘗ての「黒い魔法」と「時の魔法」との戦いではオレンジ党メンバーの母親たちがとき老人と共に黒い魔法の手先であるグーンと戦って勝利したのですが、10年ほど前に「黒いもの」が復活し、その際の事件で母親たちは命を落としました。このときは「古い魔法」が黒いものを五つの黒い釜に封じて地下深く隠したのですが、今回はその「古い魔法」の変節によって再び奇妙な事が起こり始めています。主人公のルミの父親は10年前の事件で妻(ルミの母親)を失った後に一旦この地を去っていましたが、今回何らかの理由でルミを連れて再び子因縁の地に戻ってきています。
 このルミの父親も含めて、大人の存在感の薄さが「光車」とオレンジ党シリーズを通じての特徴です。実際ルミが家に到着した場面でも、彼女は後から荷物を載せたトラックで来る父親より早く来て怪しい目に遭遇しており、さらに小学校の始業式翌日のピクニックで父親は失踪して、以後は小学生六年生の彼女は一人で生活を続け、彼女の家はオレンジ党のたまり場のようになっていきます。恐らく現代の読者は保護者もなく小学生が一人で生活を続けたり、小学生だけのグループが早朝や放課後さらに深夜に自由に行動できるという設定が非現実的すぎてあり得ないと感じてしまうでしょうが、この本が書かれた昭和40-50年頃だと、私自身の感覚では一般的ではないがあり得ないほどでもない微妙なレベルです。
 さらに「光車」で登場した緑の服の組織がこちらでも登場し、ルミたちの同級の優等生二人もそれに加わっています。登場する大部分の教師の扱いや妙に居丈高にルミに職質する警官に描写など、このあたりの設定は著者の反権威思想を強く反映していうように感じます。オレンジ党のリーダーの少女である李エルザが明らかに朝鮮系の名字である点も含めて、この辺りは現在の右傾化したネット世論には受けないだろうなとは思います。

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ハローサマー・グッドバイ (マイクル・コーニイ著:河出書房)

 以前に紹介した「ブロントメク!」と同じ作者の長編SFで、やはり地球とは天文学的条件の大きく異なる惑星での生態系を扱うと共に、ドローヴとブラウンアイズという若い恋人たちを主人公とする青春小説でもあります。piaaさんがブログで絶賛していたので私も読んでみましたが、なるほどSFとしてはやや粗いものの、非常に面白い作品でした。
 舞台となる惑星には地球人によく似た原住民が生活しているものの、この時点では地球とは接点がなく、彼らは地球からの植民者の末裔などではなく、この惑星で独自に生まれた種族です。この作品の続編となる「パラークシの記憶」では、同じ惑星の恐らく1000年以上後の出来事を描いており、そちらでは地球人が舞台の惑星に到達しているのですが、「ブロントメク!」と共通する世界なのかははっきりしません。正直なところ、この「ハローサマー・グッドバイ」で残された謎の多くが続編の「パラークシの記憶」において解決されることになるので、こちらだけ単独でレビューを書くのはやや難しく感じます。そのため以下では主に舞台となる惑星と生態系について記載しておきます。

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