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時果つるところ (エドモンド・ハミルトン:ハヤカワ書房 世界SF全集11)

 以前の「滅びの星」の記事で「ハミルトンの翻訳済み作品は大部分読んでいる」と豪語していましたが、こちらの紹介を見て「そういえばこの作品もこれまで読んでいなかった、とすると大部分読んでいたというのも誇張だったな」と反省しました。ただこの作品は抄訳のジュブナイル版があるらしいので、子供時代にそちらを読んでいるかもしれません。
 この作品が雑誌発表されたのは1950年で、以前に紹介した「虚空の遺産」と共にハミルトンの後期の代表作とされています。第二次大戦以前に書かれたキャプテンフューチャーなどの痛快スペースオペラものからハミルトンが意図的に作風を変えて、ペシミズム漂う「虚空の遺産」や「スターウルフもの」が書かれる過渡期の作品とでも形容すべき作品で、人類の宇宙への進出自体にはまだ肯定的であるものの、無自覚な白人(あるいは米国)の優越性を思わせるような「人類には宇宙の他の種族を導く義務がある」というテーゼに疑問を投げかける内容になっています。実際、この作品でミドルタウンが時間転移した数百万年後の世界で銀河に広がった人類は強力な官僚国家を作り、過去から来たミドルタウンの住民だけではなく非人類種族を計画に従って原住惑星から移住させる政策を行っています。これは合衆国政府がアメリカ先住民に対して行った、さらにはカナダやオーストラリアでも同様に行われていた一連の政策、先住民に対する公共の福祉を掲げながら実際には彼らの文化を消し去って白人文化に同化させる政策を連想させるものです。主人公ケニストンや科学者アルノルまたゴル・ホルたち異星人種族の行動の成功は、作品中だけではなく現実世界のそのような政策に道義的な疑問を投げかけているように感じられ、単なる痛快スペースオペラものとはかなり異なる味わいがあります。
 一方で時代的に仕方ないとは言え、科学的にはかなり無理のある設定も数多く見られるのは事実です。数百万年後という時間はある意味中途半端で、太陽が寿命を迎えたり地球の地熱が失われたりするには短すぎる一方でそれだけの未来では太陽近傍の恒星はバラバラになってしまい、現在は太陽近傍の恒星であるベガやカペラなどもはるか彼方に離れてしまうはずです。また、地球の核を構成する鉄やその近くの原子番号の元素は原子核が最も安定であり、核反応でエネルギーを取り出すことができないとされています。まあよほどのハードSFでなければこの辺を突っ込むのは野暮としか言えないのでしょう。

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「火星のオデッセイ」「夢魔の谷」 (スタンリイ・G・ワインボウム)

 Stanley Grauman Weinbaum (1902--1935)は、1934年に発表されたSF処女作「火星のオデッセイ」 (A Martian Odyssey) が絶賛されながらわずか18か月も経たぬうちに肺がんで夭逝した米SF作家です。この時代における太陽系に対する知識によって科学的に考証された(残念ながら現代からみると完全に間違っていますが)天体描写と、姿かたちだけではなく思考ロジックそのものが人類と大きく異なる異星知性体の登場は、それまでのSF作品と一線を画するものであり、彼のSF作品は例えばレム作品の源流ともいえるかもしれません。これまで名前はかろうじて知っていたものの作品を読む機会はなかったのですが、リンクしているManukeさんのブログに紹介されていて興味を持ち、以下の2作品を読んでみました。
火星のオデッセイ (A Martian Odyssey)
夢魔の谷 (Valley of Dreams)
 「火星のオデッセイ」は早川書房の「世界SF全集 31 世界のSF (短篇集)古典篇」に収録されていますが、「夢魔の谷」は1975年12月号のS-Fマガジンに翻訳が掲載されているものの現在それを読むのが困難なため、ProjectGutenbergにある電子版を自動翻訳に掛けて読んでいます。
 なお、火星を舞台とするこの2作品と世界観を共通とする「惑星もの」と呼ばれる作品群が全部で10編発表されています(ただし最後の"Tidal Moon"は死後に妹のHelen Weinbaumによって完成・発表)。残りの8編のタイトルと舞台となる天体は以下の通りです。
Flight on Titan (タイタン)
Parasite Planet (金星)
The Lotus Eaters (金星)
The Planet of Doubt (天王星)
The Red Peri (冥王星)
The Mad Moon (イオ)
Redemption Cairn (エウロパ)
Tidal Moon (ガニメデ)

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Doomsday of Ajiat (Neil Ronald Jones)

 かなり以前の記事(実際にはこちらに移る以前のブログでの記事)で紹介をしているジェイムスン教授シリーズは、日本では12話(文庫本で4冊)までが1970年代に翻訳されており、wikipediaの記載によると未翻訳作品が少なくとも12話、さらに本国アメリカでも雑誌未掲載となっている原稿分がさらに6話あるようです。正直言って現在の目から見るとあまりに荒唐無稽で科学的に無理のある設定のシリーズのため、今後の商業翻訳は到底見込めないと思いますが、以前から気になっていたこともありタイトルで検索をしたところ、未翻訳分の最初の一話である"Doomsday of Ajiat"(1942)がProject Gutenbergにありました。このProject Gutenbergは日本の「青空文庫」のようなサイトで、版権切れあるいは著者が版権放棄した(基本的に英語)作品を電子テキストとして一般公開しているようです。幸い現在ではかなり良い機械翻訳が利用できるので、読んでみた内容粗筋と感想を紹介します。

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犬の心 -- 怪奇な物語 (ミハイル・ブルガーコフ:未知谷)

 ミハイル・アファナーシエヴィチ・ブルガーコフ(1891--1940)はキエフ(キーウ)出身の劇作家・小説家で、ソ連初期の反体制作家として知られています。初の長編作品「白衛軍」と遺作となった大長編「巨匠とマルガリータ」が最も有名な作品ですが、短中編小説の中にはSFに近い作品も多く、この「犬の心」もその一つです。そのため「カテゴリ」をSF小説にするか一般小説にするか迷ったのですが、SF色はあるとは言え体制批判小説の面が強いので、このブログでは一般小説としました。(本当は両方に入れたいところですが、ブログの仕様でカテゴリが一つしか付けられません。)なお、この作品のこれまでの翻訳タイトルは「犬の心臓」となっていますが、この未知谷版の訳注にも書かれているように心臓は関係ないので「心」が正しいでしょう。タイトルも含めて未知谷版では、これまでの翻訳よりも「反体制文学」として扱っている傾向がはっきりと強く、それはまたかなりの長さを占める訳注にも表れています。

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アイスランド 海の女の人類学 (マーガレット・ウィルソン:青土社)

 アイスランドはジェンダー平等が進んでいる国家として有名で、世界経済フォーラムの発表する「世界ジェンダー・ギャップレポート2022」では、12年連続でジェンダー格差が最も少ない国家とされています。これは主に政治進出度と経済的進出および機会のジェンダー平等性によっていて、過去数十年の間に急速に進んだものなのですが、これとは裏腹に少なくともアイスランドの基幹産業の一つである漁業に関しては、女性が締め出される逆流が起こっているようです。
 この本の著者マーガレット・ウィルソンはアメリカの人類学者で、1999年にアイスランドの友人の元を訪れた際に案内された寒村ストックセイリでスリーズル・エイナルスドッティルという当所では有名な18世紀の女性漁船船長を記念する施設に出会って興味を持ちます。大抵の国で漁業は男性の仕事と考えられており、アイスランドでもスリーズル船長以外には女性の漁業船長は存在しないとされていました。実際ウィルソンの研究発表内容が、当のアイスランドの研究者に当初は信じてもらえない状態だったほどです。ところがウィルソンが調査したところ、実際には他にも多くの女性が昔からアイスランドの漁業では活躍しており、それが近年になって急速にその数を減らして見えない存在となったことが明らかになります。

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