場所 (マリオ・レブレーロ著:水声社)

 「フィクションのエルドラード」は中南米作家の作品を集めた水声社の叢書ですが、今回紹介する「場所」はその一冊です。1982年に発表されたウルグアイの作家マリオ・レブレーロ(1940--2004)の中編小説で、「都市」、「パリ」と共に「意図せぬ三部作」と呼ばれています。訳者の寺尾隆吉氏はレブレーロを阿部公房に准えていますが、突然異常な世界に投げ込まれた主人公が周囲と意思疎通できぬまま彷徨うという展開から私が連想したのは、以前に紹介したミハル・アイヴァスの「もう一つの街」とカリンティ・フィレンツの「エペペ」でした。ただしこれらに比べると同じ不条理小説でも第二部以降の不条理度はやや低く、第二部では主人公と同様にこの場所に迷い込んだ現実世界の様々な人々と主人公は意思疎通ができていますし、第三部ではむしろ現実世界でもあり得るような暴力の不条理さが目立っています。さらに言えば、外が見えない奇妙な建物の中を一方方向にひたすら進むという第一部の展開自体も、一度体験した事を戻って再び体験する事ができない人生を象徴したものとも捉える事が可能で、そう考えると「もう一つの街」や「エペペ」とはかなり異なる現実世界の戯画的小説とも思えてきます。

続きを読む»

スポンサーサイト

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

天使の恥部 (マヌエル・プイグ著:白水社 Uブックス)

 少し前に紹介した「ヴィーナス・プラスX」は、リベラルな人間の心の奥底にも潜んでいるトランスセックスへの偏見をテーマとした作品でしたが、今回紹介する「天使の恥部」は社会の中のマチズモ(通常「男尊女卑」と日本語訳されるが微妙にずれている)とそれに対する女性たちの選択をテーマとした小説です。マヌエル・プイグ(1932--1990)はアルゼンチン出身の作家で、恐らくもっとも有名な作品は映画化もされた「蜘蛛女のキス」でしょう。
 第二次大戦前後の時代の名前を明らかにされない世界一の美人女優と現在(1975年)不治の病でメキシコの病院に入院中のアナ、そして天変地異後の未来世界で男性の性的欲望の処理を行う公的任務を行うW218という三人の女性主人公のパートが表面的には全く交わらずに描かれていますが、現実の世界にいるアナが病床で見ている夢の世界が残りの二人のパートであるというのが最も自然な解釈と思います。マチズモを絵にかいたような最初の夫フィトやその後に結婚を迫るアレハンドロからメキシコに逃れた主人公アナは、母国の抑圧的政権への反政府活動を支援する弁護士ボッシと付き合っているものの、彼の行動原理もまた形を変えたマチズモである事に不満を抱いています。その不満に対するアンチテーゼとして素晴らしいラブストーリーとして夢見たのが残り二人の人生という事のようで、一見すると地獄のようにも思われるW218の運命も、彼女にとってはうんざりしている現実よりははるかに素晴らしく思えるのでしょうか。

続きを読む»

氷三部作 (ウラジミール・ソローキン著:河出書房新社)

 氷三部作とは、現代ロシア作家ウラジミール・ソローキンによって今世紀初め(2002--2005)に書かれた「ブロの道」「氷」「23000」から成る一大サーガです。SFと分類しても問題ない気もしますが、やや幻想小説あるいは怪奇小説に近いかもしれません。
 1908年シベリアに落ちたツングースカ隕石の調査隊に加わって現地に到達して隕石の正体である巨大な氷に触れ、はるか昔から宇宙に存在していた「原始の光」である23000の魂が自分を始めとする地球の人間の中に閉じ込められている事を思い出した男(彼の「真の名前」がブロ)が、囚われた魂の開放のための「兄弟団」を立ち上げロシア革命以降のソビエトさらにソ連崩壊後のロシアを中心として暗躍するという展開は、一見すると例えばフリーメーソンによる世界支配といった陰謀史観系の話に見えます。しかしブロを始めとする「兄弟」たちは「肉」(彼らの言葉での通常の人間)の世界の出来事には基本的に無関心であり、政権内での暗躍も政治支配のためではなく単に「兄弟探し」の目的を容易に行うためです。その結果、スターリン政権下の大粛清や第二次大戦でのユダヤ人虐殺などには彼らの魂の宿った人間たちも巻き込まれ、例えば3番目に覚醒した「兄弟」であるデリーベス(実在の人物)はチェーカーの幹部としてブロたちの行動を助けますが、史実通りに最後は大粛清によって処刑され、彼の作ったチェーカー内の組織も大打撃を受けます。
 第一部「ブロの道」では、兄弟団の創設からその発展と降りかかる困難が主にソビエトの歴史に重ねて描かれているのに対し、第二部「氷」では、ソ連が崩壊して金がすべての世界に変わった現代ロシアにおいて、健康器具系の新興企業としての表の顔の裏でカルト集団としての活動を続ける兄弟団が描かれています。兄弟たちの魂の宿る肉体は金髪碧眼という著しい特徴があるものの、実際に魂が眠っているのは金髪碧眼の人間のごく一部であり、眠った魂を呼び覚ますのは拉致して心臓の上を氷のハンマーで殴打するという荒っぽい方法が必要です。そのため実際には兄弟たちの魂の宿っていない人間がこの処置を受けて死亡したり重傷を負ったりしており、第三部「23000」ではその被害者たちの立場から見た兄弟団が描かれています。兄弟団を密かに調査して彼らに復讐をするはずが却って囚われた通常人の男女二人は、隙を見て脱出するもののそれもまた彼らの手のひらの上で踊らされていたものでした。ついに23000の魂すべてを覚醒させた兄弟団は、ある無人島に集まって行う儀式に手助けが必要であり、二人はその役割を担わされます。その結果、どうやら23000の魂は目的を果たして地球から去るのですが、通常人から見ればそれは「人民寺院事件」と同様の、カルト集団による集団自殺そのものです。オウム真理教も日本以外で最も信者が多かったのがロシアであったように、どうもロシア人にとってカルトは結構波長が合うものなのかもしれません。

続きを読む»

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

ドニャ・ペルフェクタ -- 完璧な婦人 (ベニート・ペレス=ガルドス著:現代企画室)

 ベニート・ペレス=ガルドス(Benito Perez Galdos)は19世紀から20世紀初めにかけて活躍したスペインの国民的作家で、スペイン国内では歴史小説シリーズ「国史挿話」が最も有名ですが、他にも当時のスペイン社会をリアルに描いた多くの小説や劇作を書いており、ここで紹介する「ドニャ・ペルフェクタ」もその一つです。今回はGreenさんによるこちらの記事で興味を持って読んでみました。翻訳者の大楠栄三氏によるかなり長い年表と解説が巻末にあり、著者ペレス=ガルドスの生涯や彼の作品が同時代あるいは現在のスペインにおいてどのように読まれ評価されているのかが詳しく解ります。なお彼の作品のいくつかは同国人ルイス・ブニュエルによって映画化されていて、以前に紹介した「ナサリン」もその一つでした。
 一見すると、開明的な主人公ペペ・レイと叔母ドニャ・ペルフェクタを筆頭とする旧弊なオルバホッサ社交界との対立とその結果の悲劇と見えるこの作品ですが、実際にはそう単純ではありません。進歩思想を徹底的に敵視してペペ・レイに対して陰謀をめぐらすペルフェクタばかりではなく、ペペ・レイの方もまた解説にあるスペイン人特有の「情念」に囚われており、いわば情念同士の対立によって事態はどんどんと悪化して破滅的結果へと導かれていきます。ペルフェクタを筆頭とするオルバホッサ社交界の偽善的な悪どさは明らかですが、ペペ・レイも考えなしに思った事を口に出して相手を不快にさせる人物であり、さらにはロサリオへの情熱に駆られ周囲を巻き込んでの暴走によりオルバホッサと政府軍との戦闘を招いてしまうなど、かなり迷惑な人物です。そもそもかなり近い身内である甥のペペ。レイにペルフェクタが敵意を持ったのも、彼が無思慮にオルバホッサをこき下ろしたのが元々の原因であり、そう考えると彼の運命もいわば自業自得な面があります。

続きを読む»

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

フリアとシナリオライター (マリオ・バルガス=リョサ著:国書刊行会)

 ペルーの大作家が1977年に書いたユーモア小説で、主人公と義理の叔母フリアとの恋愛騒動の章と天才的ドラマ作家ペドロ・カマーチョによるラジオドラマの作中話章とが交互に描かれていく小説です。フリアパートはバルガス=リョサ本人の半ば自伝であり、この小説の発表後に前夫人で義理叔母であるフリアから名誉棄損で訴えられたという落ちが付いています。10歳以上年上のしかも親戚の女性との恋愛という事で当然両親からは猛反対され、その騒動と駆け落ち結婚の顛末が興味深いのですが、フリアはかなり魅力的な女性として描かれているので、プライバシー侵害ならともかく名誉棄損は当たらないような気がします。
 一方でラジオドラマパートの章は、特に初めの数話は短編小説として非常に面白くて読んでいて引き込まれました。二話目の主人公リトゥーマ軍曹はバルガス=リョサの他のいくつかの作品にも脇役として登場する人物であるため、てっきり主人公と同じ世界の話と思ってこの辺りまでは読み進んでいて、フリアパートの方でそれまでのラジオドラマに対する視聴者の反応の良さが書かれて初めて作中話である事を理解したほどです。これらのドラマはどうやら少なくとも4つが同時並行的に放送されており、ボリビアから来た「天才」シナリオライターのペドロ・カマーチョが超人的なペースですべてのシナリオを書き続けています。しかし途中から別々のドラマの登場人物が混じり合い、さらには本来別々の人物が一人になったりして段々とドラマシナリオが混乱していきます。これはドラマやコミックなどで良くあるスターシステムとは異なり、自身で誰が誰なのか判らなくなってきたペドロ・カマーチョの混乱によるものであり、それを自覚した彼が登場人物整理のための(ドラマ上の)大虐殺を毎回行うようになって大混乱に陥り、放送局に苦情が殺到したあげくに遂には彼は精神病院送りとなってしまいます。

続きを読む»

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

プロフィール

X^2

Author:X^2
このブログは、旧ブログ
Babylon5以外のメモ
からの移転先として立ち上げました
。連動するホームページである
Babylon5 Episode Guide
にもどうぞ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク