1984年 (ジョージ・オーウェル著:早川書房 世界SF全集10)

 早川書房の世界SF全集において「すばらしい新世界」と同巻に収録されている、恐らく最も有名なディストピア小説です。ただ、名前は知っていても実際に読んだ人は意外と少ないのではという気もします。と言うのも、私も今回初めて読んでST-TNGのエピソード"Chain of Command"(戦闘種族カーデシア星人)での「ライトの数は幾つか」という尋問が正にこの「1984年」が元ネタである事を知ったのですが、スタートレックファンでそれに言及している人は極めて稀だったためです。
 自由意志を放棄し体制の言いなりに生きる人間にとっては暮らしやすい「すばらしい新世界」とは異なり、こちらのオセアニア国はほとんどすべての人にとって地獄のような社会です。街角やすべての住居に設置された監視装置によってプライバシーは完全に奪われ、家族間でも密告が奨励される超管理社会であり、さらに半永久的に戦時体制で多くの国民が飢え続けているこの社会は、オーウェル自身はスターリンソビエトをモデルとして書いているのですが、現在の日本人にとっては北朝鮮の方がはるかに近いイメージです。ただ、前半で強調されていた「偉大なる兄弟」への個人崇拝や常時戦時体制下での物不足の描写がいかにも北朝鮮と思って読んでいたのですが、主人公ウィンストン・スミスが当局に捕らえられ味方と思っていたオブライエンが正体を現す後半まで進むにつれ、「偉大なる兄弟」に実態があるのか、またそもそも他の二国との戦争すら本当に行われているのかが段々と疑問に思えてきます。
 歴史的事実が刻々と書き換えられ昨日までは当たり前の事実とされていた事が翌日には全く無かった事とされるこの物語においては、主人公目線で真実が何かが判らなくなるのは当然なのですが、本来なら真実が見えているはずの読者さえも大きく混乱してきます。オセアニア政府の公式見解やニュース報道が全く信用できないのは当然として、反体制の精神的指導者であるゴールドシュタインの書物の記述も真実なのか、それとも当局によって書かれたものなのか、そもそもゴールドシュタインが本当に存在するのかすら疑われる状況になり、主人公と同様の立場に追い込まれている事に気付きます。
 考えてみると、現実社会においてすら「何が真実か」は明らかなものではありません。政府権力や報道による「偏向」だけではなく、一つの事実すら立場の違いによってその意味が大きく異なるのが普通であり、ニーチェの「真実など存在せず、あるのは解釈だけ」という言葉は正にそれを表わしています。この「1984年」は、それがグロテスクなまでに戯画化された世界と言えるのかもしれません。
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