生きている脳 (P C ヤシルド 著:人文書院)

SFとは謳っていないものの、内容的には近未来SFものに分類されるスウェーデンの小説です。著者紹介によれば、作者は1935年にスウェーデンのカトリーネホルムに生まれ、医学博士を取って研究所や病院に勤務した後に著作に専念するようになったとあり、実際この小説は医学の深い知識がなければ書けない内容です。
 小説の主人公は、どういった経緯かは最後まで判明しないものの、人体から摘出され水槽の中で意識を持って生き続けている脳「わたし」です。脳には片目と両耳だけが残されており、両耳は聴覚よりもむしろ水槽の中で脳が動くためのひれとして使われるようになります。客観的に見れば相当に不気味な見掛けなはずですが、主人公の前に現れる通常の人々は少なくとも表面上は彼に対して平然と振舞っています。
 脳が居るのはバイオシーン社という会社の実験室であり、どうやら何らかの理由で全身マヒ状態となった(元の)主人公の脳が、バイオシーン社との契約によって摘出され、このような状態になったらしいのですが、主人公の過去の記憶がほぼ完全に消去されているために、真実は最後まで明らかにされず、騙されてこうなった可能性も否定できません。そもそも「私」の年齢も不明で、性別は男らしいものの本名も不明のまま、「ユプシロン」と呼ばれています。
 この「過去の記憶を消去する」処置は、過去を隠すためというよりはむしろ、脳のそれまで肉体を制御するために使われていた部分を思考のために使えるようにするためのものであり、その結果としてユプシロンの知能は著しい上昇を遂げています。しかしながらこの処置は脳摘出直後だけではなくその後もしばしば行われるため、その度に過去が失われ、主人公だけでなく結果的に読者も混乱する事になります。また、ユプシロンが通常の人間だったときの記憶がないため、例えば「ドウエル教授の首」のような人間関係の縺れと主人公の葛藤は物語の中で重要なテーマとはなりませんが、それでも彼は世話係の女性や自分とf同様の実験体である犬やチンパンジーとの交流を通してさまざまな感情を持ち、多分に非現実的ではあっても研究室からの「脱走計画」を練ったりもします。
 後半に登場するユプシロンと同様の「生きている脳」オメガは、左脳と右脳とが通常とは逆転した個体であり、この設定はその後の展開に重要な意味を持ってきます。最後のユプシロンとオメガの運命は、日進月歩の技術的発展についていけなくなっている現代人の戯画なのかもしれません。
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