ロシア宇宙開発史 気球からヴォストークまで (冨田信之著 東京大学出版会)

 アポロ計画を初めとするアメリカの宇宙開発史にくらべ、ソビエト・ロシアのそれは秘密である部分が多かったこともあり、あまり知らない人が多いと思います。恐らく近年の機密文書公開によって明らかにされた、ロシア宇宙開発に関するこれまで知られていなかった想像以上のどたばたと失敗の連続が赤裸々に書かれた本です。
 まず興味深かったのは、ロケット理論の父として現在では半ば神格化されているツィオルコフスキーの業績が生前はほぼ無視されており、晩年のソビエト時代になって彼が高く評価されたのはロケットではなく気球開発によるものだったという点です。確かに彼の歴史的な1903年論文「「反作用利用装置による宇宙探検」の内容は論文と言うよりもしろSFに近く、その時点で無視されたのも仕方ないかもしれません。
 また、世界中にソビエトの科学技術の高さを見せつけ、米国に「スプートニクショック」を与えた人工衛星の打ち上げが、実際には軍のミサイル開発計画のオマケに過ぎず、ソビエト指導部だけでなくコロリョフ、グルシュコら開発グループさえもその宣伝効果を軽視していたというのも、やや意外でした。元々ソビエトのミサイル開発はナチスドイツのA4(V2)に触発されたスターリンの強い指示によるものであり、その後の核兵器の登場によって米国本土に届くミサイル開発に血道をあげたのが結果的に宇宙開発先進国となった訳です。もっともコロリョフとその周辺の開発グループは初めから「宇宙へ行く」事が目的で、ミサイル開発は軍から資金その他を引き出すための方便だったようです。スターリンの後継者であるフルシチョフがある意味子供のような「新しいもの好き」だった事は、スプートニクを打ち上げた辺りまでは有利に働きましたが、同時にその後の宇宙開発の目的が「何でもかんでも」的に迷走し、「60年代のうちに月に人類を送る」という単一目標に向かって全てを集中させた米国に敗北した原因になりました。
 それにしても、この時代の宇宙開発が綱渡りの連続というか、かなり行き当たりばったりだったのには驚かされました。本来の人工衛星計画は科学アカデミーとの共同事業であり、多くの観測機器を搭載した大型衛星だったはずが、開発グループとの関係が拗れたアカデミーが計画を降りてしまい、その場しのぎ的にほとんど何も搭載していないスプートニク1号が打ち上げられたとか、犬のライカを乗せた2号の計画は1号の直後に急遽決まったとか、宇宙開発がソビエトの宣伝になると知ったフルチショフに振り回され続けたコロリョフたちは、本当に短期間で新たな計画を打ち出して成功させていくのは、彼らは才能だけでなくよほどの幸運の両方に恵まれていたのでしょう。もちろん同時にソビエト時代は隠されていた多くの失敗があり、通し番号のついた人工衛星や惑星探査機で、存在自体が隠されて番号もつけられていない失敗機が沢山あったのにはびっくりしました。さらに100名以上の死者を出した1960年10月のニェジェーリンの大惨事についても、この文献で始めて知った次第です。それでも宇宙計画がほとんど変更されずに突き進んだのがソ連という国家なのですが、同時代のアメリカの宇宙計画もかなりの無理があった事、またアポロ計画以後の宇宙開発のペースがすっかり落ちてしまった事からすると、この種の強引さがなければ巨大計画は進まないのかもしれません。
 ついでに言うと、ヴォストークの地球帰還方式が軟着陸ではなく、大気中で飛行士を放出してパラシュート降下するものだったのも、この本で始めて知りました、この事実は後になるまで隠されており、「カプセルのハッチを開けてガガーリンが地上に降り立つ」いわば捏造シーンが大々的に報道されたため、現在でもほとんど知られていないようです。
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