坂の先の修羅 -- 「坂の上の雲」批判 -- (半沢 英一 著 東信堂)

 NHKでTVドラマとして放送されている「坂の上の雲」は、司馬遼太郎の数多くの作品の中でも最も有名であり、特別の扱いをされています。私自身もこの作品を読んだとき、その展開にぐいぐいと引き込まれて行ったのですが、同時に何とも言えない違和感が付きまとっていました。今回この本を読んで、そのときに感じた違和感がどこに原因していたのかがはっきりと理解できました。 NHKドラマ化、司馬遼太郎「坂の上の雲」の問題点
 「坂の上の雲」を読んでいくと、司馬遼太郎の巧みな記述と抜群の文章力によって、日露戦争に至るまでの日本の歴史は当時の国際情勢に従えば必然であり、日本が進路を誤ったのは第二次大戦前の一時期に過ぎない、といかにも思えてきます。しかしながら、実際にはこの小説では省かれた多くの歴史的事実があり、それを補完すると歴史の流れは全く異なって見えてきます。特に日清戦争前後における朝鮮に対する日本の行動は、この小説において意図的に省略されており、その歴史的経緯が書かれるべき部分が正岡子規に関する話に費やされています。そのため正岡子規の扱いが、物語が半分も進まないうちに退場するにも関わらず「三人の主人公」の一人である、という奇妙な事になっており、実際それが私の感じた違和感の一つの原因でした。また、物語の大部分を占める日露戦争を「祖国防衛戦争」として描き切るために、戦争に至るまでの経緯についても、多くの省略がなされています。

 実は、司馬遼太郎の歴史小説に関しては、「坂の上の雲」ではなく一連の幕末ものでの徳川慶喜の記述に、矛盾とは言わないまでも納得のいかない部分がある事に以前から気が付いていました。「最後の将軍」での慶喜は、時代の流れを理解し、大がかりな内戦を防いで自ら身を引いた英明な君主として描かれているのに対し、佐幕諸藩の立場からの記述では、優柔不断で肝心な時に部下を置き去りにして逃げた最高指導者として、否定的に描かれています。もちろん小説である以上、主人公の側をポジティブに描くのは普通の事であり、慶喜の場合は両方から見る事ができるのですが、「坂の上の雲」に関しては、同じ時代を例えば朝鮮側から見た小説が(司馬作品に)存在しないため、一方的な記述に終始しています。「小説」として考えればそれでも問題はないのでしょうが、この作品の場合は、小説としての出来が良いために「歴史」として独り歩きしているように思います。その意味で、本書にある言葉を用いれば、「坂の上の雲」は「空想歴史小説」である事を常に意識する事が必要でしょう。

 なお、本書の付録にある「百発百中の砲1門は、百発一中の砲100門に匹敵しない」という事実は、別に微分方程式を持ち出さなくてももっと簡単な考察で解ります。すなわち、両軍が上の状態で同時に砲撃を始めると、百発百中の砲は敵の砲一門を破壊しますが、その間に百発一中の砲のどれか一門の弾が(確率的に)命中して、その結果残るのは、「百発百中の砲ゼロ門vs百発一中の砲99門となり、百発百中側の敗戦が確定します。これが、百発百中の砲10門なら、同様の考察により、残るのは百発百中の砲9門vs百発一中の砲90門ですから、比率が直前と変わっておらず、両者の力が釣り合う事になります。
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昨年末にNHKで放送した番組は視聴したので原作を読もうと思い図書館に行くも違う本を借りてきてしまいました(爆)
テレビにしろ小説にしろその作者(映像作品では監督やプロデューサーになるのか?)の主観が入りますからね。特に歴史ものはその事実をどのように捉えるか、どこから見るかで同じ事象でも違った意味になってしまいますから、多くの情報を自分で収集して判断しないといけないということですね。これは昨今のニュースなどにも言えることでしょうけど。
原作はそういったことを気にせず気楽に読みたいと思うのですが、、、自分の性格上ひねくれた物の見方しか出来ないのだろうな、きっと(笑)

HANさん、新ブログに替わって初めてのコメントをありがとうございます。
日本の歴史認識に関する問題に関しては、色々思う事があっても、これまではブログに書く事を控えてきました。しかし、この本は、自分が漠然と感じていた点を見事に指摘していたので、あえて今回の記事にしました。
事実に基づいた小説やドラマの場合、作者や編集者の主観が入るのは当然です。その点を読者が認識していれば問題ないのでしょうが、「坂の上の雲」の場合、あまりに有名すぎる上に、政治的に利用されやすい歴史を扱っているため、あえて「空気を読まない」批判が常に必要だと考えています。
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