マルテンス教授の旅立ち (ヤーン・クロス著:勉誠出版)

 バルト三国の一つエストニアの作家ヤーン・クロスの1984年の作品です。主人公のフョードル・フョードロヴィチ・マルテンスはエストニア西部パルヌ出身の実在の外交官・国際法学者(1845-1909)で、日露戦争前後のロシアにおける国際法の最大権威として、この分野ではかなり有名な人物です。日本語Wikipediaには彼の項目はありませんが、国際人道法におけるマルテンス条項にその名を残しており、ノーベル平和賞の有力候補として再三名前が挙がっていたようです。
 作品は、大学を引退後に出身地のパルヌに戻っていたマルテンス教授が、ロシア政府の要請でペテルスブルクに向かう列車の中で自分の半生を回想する形で進みます。実はこの旅の途中で彼は急死しており、タイトルは彼の「最後の旅への旅立ち」を意味していると思われます。彼はほぼ一世紀前に活躍した同姓のドイツの国際法学者ゲオルク・フリードリッヒ・マルテンスに自分を重ねており、この回想の中でも二人のマルテンスの人生がときに混在した形で語られています。
 彼の回想の中で最も興味深いのは、日露戦争の開戦時と戦後のポーツマス会議における彼の役割です。開戦時に日本側の正式な宣戦布告が無かった点を、ロシア側の国際法学者として厳しく非難した彼ですが、実はそれ以前の著書において露土戦争でのロシアの同様の行為を彼は正当化してします。回想の中ではあくまでロシアの外交官として自己の言動を正当化していますが、一国の外交官としての立場と中立的な法学者としての立場との矛盾を心の奥底では常に意識し続けていた事が描かれています。
 一方ポーツマス会議では、彼はロシア帝国の中の少数民族出身者としての差別待遇に悩まされます。ウィッテを始めとするロシア代表団のメンバーは、実際には日本側代表団と互角に渡り合えるのはマルテンスしか居ない事を理解しながら、何かにつけて彼を排除しつんぼ桟敷に置こうとします。その理不尽さに憤り少数民族の悲哀を身をもって感じる彼はエストニア民族運動にも密かに共感を覚えるのですが、実際には外交官としての立場を常に優先させ、それらの運動を積極的に支持する事はありませんでした。しかしそれでも彼は国際的に活躍し民族の名を高めたとしてエストニア人の誇りとされています。
 それから、ノーベル平和賞受賞の誤報騒動の一件はかなりユーモラスです。本人も自分が受賞にふさわしいと自負しながら(実際1904年の平和賞は彼が理事を務めた国際法学会に贈られている)、さまざまな障害によって結局は受賞できず仕舞いなのですが、一方で1902年にノーベル平和賞を受賞したという誤報が世界中に広まってしまっており、行く先々でその誤解に直面してうろたえる姿はいささか滑稽です。
 なお、著者のヤーン・クロスは1920年にタリンに生まれた小説家・詩人・翻訳家で、ソビエト支配下の1946-1954年には政治犯として服役しています。1970年以降は主に歴史小説家として活躍しましたが、2007年に亡くなりました。日本では本作以外にエストニア貴族ティモテウス・フォン・ボックを主人公とする「狂人と呼ばれた男」が翻訳されています。
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