ライフ・イズ・ビューティフル

 このブログで取り上げてきた映画作品の中では、「ミスティック・リヴァー」以来のメジャーな映画(イタリア映画)です。私本人がハリウッド系のメジャー映画をあまり好まず、むしろ小映画館系の映画が好みという事もあるのですが、より大きな理由は、メジャーな映画の場合はもうネット上で語り尽されていて私が改めて書くような事がない、と感じている点でした。今回それに反してあえてこの記事を書こうと思ったのは、多くの人の感想にやや疑問を感じる点があったためです。
 実は、私自身はこの映画はあまり引き込まれなかったというか、主人公グイドの性格(あるには乗りと言うべきか)についていけませんでした。それはすでに前半のグイドがドーラを歯の浮くような台詞で口説き落として駆け落ちする部分でもそうでしたが、さらに後半ではユダヤ人迫害とナチスの強制収容所という重いテーマを扱いながらグイドの言動が緊張感がなく、まるで喜劇であるかのようにすら思える部分が多々あり、かなりの違和感がありました。グイドが収容所の規則?をめちゃくちゃな「通訳」する場面など、幾ら言葉が違うといっても同じヨーロッパ言語なのにドイツ兵が気が付かないのはおかしいし、第一「収容所」にしては全体的な管理が甘すぎます。例えば所内放送を勝手に使ってドーラへのメッセージを送るなど普通に考えたら出来そうもないし、もし万一偶然に出来たとしてもその後の追及と処罰が尋常ではないでしょう。それともイタリアではユダヤ人強制収容所すらこのくらい緩かったのでしょうか?(なんて事はまさかないと思いますが、「イタリアならもしかしたら」ともちょっと思ってしまう。)もちろん、そういう描写にしなければ、幾ら無邪気な子供でもあそこまで騙されるはずがなく、映画自体が成り立たないのですが、やや白々し興ざめに感じてしまいました。
 さて、この記事を書く動機となった疑問は、レッシング医師のなぞなぞです。もちろんなぞなぞの答え自身はあのシチュエーションからすれば「ユダヤ人」以外にはありえないのですが、解らないのは彼がグイドにあのなぞなぞの答を尋ねた真意です。ネット上で見る限り、レッシング医師はユダヤ人への非人間的な扱いに心を痛めているものの自分の立場ではグイド一家を救う事は出来ないという事を伝えたかったのだというのが一般的な解釈のようですが、あれでそのような意図が伝わるとはどうも思えません。一方で少数意見として、レッシング医師はなぞなそ以外には自分の周囲で起こっている出来事に何の関心も示さない「なぞなそ馬鹿」であり、あの質問は正に言葉通り「答がわからないから何とか教えてくれ」というものだったという説を読み、私自身はこちらの方により説得力を感じました。彼のように、悪人ではないが善悪の判断を停止して状況に流される「凡庸な悪」が蔓延った結果がナチズムを始めとする全体主義の台頭を生んだ訳ですが、これはまた昨今の日本も同様かもしれません。
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