左遷 -- 新しい任務 (アレクサンドル・ベック著:群像社)

 「ズーブル」と同じく群像社の「現代のロシア文学」シリーズに入っている一冊です。日本語の副題になっている「新しい任務」の方が原題であり、日本語題名にある左遷人事であるのを建前国家ソ連の伝統に従って(メタ的には編集部の意向に従って)新しい任務に就いたと言い換えたものです。作品が書かれたのは1960年代前半なのですが、実際にソ連国内で出版されたのはペレストロイカ以後の1986年です。これは作品内容がそれ以前には検閲によって出版不能だったという理由で、ストルガツキー兄弟の一部作品とも共通した事情です。
 主人公のオニーシモフは、製鉄技師出身の叩上げ鉄鋼官僚であり、ソ連邦閣僚会議の製鉄・燃料国家委員会議長という要職にある人物です。親友だったセルゴ・オルジョニキーゼとスターリンとのグルジア語での口論の場に居合わせた彼は、内容が全く解らないまま反射的にスターリンの肩を持ち、それ以来スターリンの信任を受けて、ベリヤに敵視され続けながらも地位を保ち、むしろ出世していきます。もちろんそれには彼自身の能力が大きかったのですが、同時に彼は「ご主人様」(スターリン)の命令にはどんな理不尽なものでも無条件で従う事でその地位を保っており、自己の信念と実際の行動との心中での対立が大きなストレスとなって体を蝕んでいました。
 フルシチョフ時代になって、オニーシモフは事実上の左遷として北欧のある国への大使赴任が命じられ、すでに病気の兆候がありながらも命令に従って赴任します。その結果半年後には末期の肺ガンとなって帰国し、死を目前にして病室で過去を悔やみながら回想しているらしい場面で物語は終わっています。
 オニーシモフは人間的にはかなりの善人であり、日常生活では決して偉ぶらない謙虚な性格です。さらに地位を利用して不当な利益を得る事は自分にも部下にも決して許さない清廉な人間でした。しかしながら仕事の上では規律に非常に厳しく、部下に対して「ご主人様」と同様の振る舞いを見せています。いわば中央集権の行政命令システムに極めて忠実な人物ですが、それが結果的に製鉄技術の遅れを招くなどの描写は、訳者あとがきにもあるように、この問題がスターリン一人に寄るものではなく、ソ連の国家システムそのものに欠陥がある事を表していると思われます。
 なお、オニーシモフ自体は架空の人物なのですが、同時代の多くの人物が実名で登場しているためにモデル論争を巻き起こし、それもまたこの小説が出版されなかった原因の一つになりました。モデルと見なされたのはやはり重工業部門の副首相から日本大使に転出したテヴォシャンであり、彼の未亡人から故人を中傷するものだとコスイギンに訴えがあった経緯などは、巻末の「この小説の歴史について」に詳しく書かれています。
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