聖なる酔っぱらいの伝説 (ヨーゼフ・ロート著:白水社)

 piaaさんのブログの記事に触発されて借りてきた本なのですが、そちらで取り上げられている岩波文庫版とは収録されている作品が異なり、記事で詳しく書かれていて本来読みたかった「蜘蛛の巣」がありませんでした。しかし白水社版に入っている「皇帝の胸像」が関連するテーマを取り上げている非常に印象的な作品です。
 「皇帝の胸像」の主人公であるモルスティン伯爵はハプスブルク帝国の小領主であり、ある意味ハプスブルク帝国のよき部分を体現しているような人物です。彼は自分の領地において極めて寛大かつ善良な君主として秩序を保ち、全ての領民に尊敬されています。しかし第一次大戦の結果、彼の領地のある東ガリシアは新生ポーランドの一部となり、新政府と新興資本家によって彼の権威は侵食されていき、ついには敗北に追い込まれていきます。モルステイン伯爵は旧弊な貴族ではなく知的で洗練された国際主義者であり、民族主義の行き着く先を見通していましたが、それが故に自らの敗北を悟り、旧帝国の象徴としての皇帝の胸像を埋葬して領地の解散を宣言します。
 ハプスブルク帝国は確かに「帝国」であり民主主義国家ではありませんでしたが、それにもかかわらずそこは多くの民族が(比較的)平和に共存する他民族国家でした。帝国の統治は言語を始めとする各地域の多様性を認めた緩やかなものであり、それがこの地域の平和をもたらしていたのですが、第一次大戦後に帝国が解体されて生まれた幾つもの民族国家はその寛容さを欠き、お互いの民族間での憎悪を募らせていきます。その結果が第二次大戦さらにはユーゴ内戦である事を考えると、民主主義と「民族自決」という綺麗事よりも寛容な帝国の支配の方がまだしもましだったのではと思えてしまいます。
 この作品で思い出したのは、第二次大戦後のユーゴスラビア連邦の指導者であるチトーが「最後のハプスブルク皇帝」と呼ばれていた事です。チトーもまた独裁者でしたがその支配は比較的寛大なものであり、実際に第二次大戦中には民族間の殺し合いが起こったその地に(死後も含めれば)45年に渡って平和をもたらしました。ユーゴスラビア連邦解体直後には彼の名も散々に罵られる事になりましたが、ミロシェビッチやツジマンを始めとする彼の不肖の後継者たちと比べれば、彼の偉大さが解るというものです。そう考えると、モルステイン伯爵の信じた理想を旧ハプスブルク帝国の一部において再現したチトーは、確かにハプスブルク皇帝の(精神的)後継者なのかもしれません。
 この作品に対する見事なレヴューを見つけましたので、以下にリンクしておきます。 帝国というノスタルジー
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