河と死 (ルイス・ブニュエル監督:メキシコ映画)

 「皆殺しの天使」と同じブニュエル監督作品ですが、こちらの方が遥かに解りやすいストレートな映画です。メキシコの田舎町での復讐の連鎖を描いているのですが、発端となった事件(結婚パーティの場での一方の男の軽口を他方が妻への侮辱と受け取ってその場で相手を刺殺)の馬鹿馬鹿しさと、その結果としての三代に渡って続く両家族(アンギアノ家とメンチャカ家)の憎みあいの深刻さとの対比が際立っています。当事者同士はこの復讐劇に疲弊して疑問も抱いており、二代目世代では両家の仲裁を試みた人徳者の死を切っ掛けとして当事者同士の和解が成立するのですが、メンチャカ家の弟によってその和解は崩され、新たな憎しみが生まれてしまいます。正直なところ、当事者よりもその周囲の野次馬が両家の対立を煽り立てているようにも見え、これが「復讐の文化」を生んでいるのではと思えます。
 アンギアノ家の三代目である主人公フェリペは都会の大病院で医者として働いているインテリで、復讐の連鎖は馬鹿げた因襲だと考えています。しかも謎の難病で下半身不随となって入院中の彼はとてもその当事者となりえないのですが、アンギアノ家の唯一の男性であるために母親からは父の敵を討つようにせかされ、さらにメンチャカ家の三代目までも都会の病院に様子を確認しに現れて挑発する始末です。ある意味ご都合主義的に全快したフェリペは田舎町に帰省し、復讐を行わない意思を示すのですが、周囲で対立を煽る人々ばかりでなく、母親からも罵られる結果となります。この母親も自分の婚約者(アンギアノ家の二代目)が復讐の意思を示したときは何とかして止めようとしていたのに、自分のただ一人の息子には逆に復讐を煽るというかなり矛盾した性格に描かれています。彼女もまた両家の対立にどっぷり浸かっているうちに復讐の文化に呑まれてしまったのかもしれません。
 最後はこれもまたご都合主義的に三代目同士の和解が成立するのですが、何となくこの和解も長続きしないような不安を感じさせる結末でした。もしかするとこの映画は単なるメキシコの田舎町の因襲を描いているのではなく、はるかに大きな世界的な対立もまたこのような下らないものである事を暗喩しているのかもしれません。実際フェリペの母親の矛盾した言動は、「お国のため」と言って息子を戦争に送る「銃後の母」を連想しました。彼女らもまた、社会の雰囲気に反して(国の)名誉のために自分の息子を死なせることを否定できずにいるうちに、何時しか雰囲気に呑まれて「名誉の戦死」が当然だと思えてしまうようになっていたように私には思えます。
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