赤い大公 -- ハプスブルク家と東欧の20世紀 (ティモシー・スナイダー著:慶應義塾大学出版会)

 スイス北東部に端を発するハプスブルク家は、16世紀には婚姻関係を利用して中部ヨーロッパとイベリア半島を領する大帝国の支配者となったヨーロッパ随一の名門王家です。このうちスペイン系ハプスブルク家は1700年に途絶えますが、オーストリア系ハプスブルク家はその後も中欧を支配し続け、20世紀初頭においてもオーストリア・ハンガリーを中心とする「ハプスブルク君主国」として大国の地位を保ち続けていました。(実は有名なマリア・テレジアでオーストリア系ハプスブルク家の男系は途絶えており、彼女以降の王家の正式名称は、ハプスブルク=ロートリンゲン家です。)フランツ・ヨーゼフ1世を皇帝として戴くハプスブルク君主国にはさまざまな民族がその文化を保ったまま共存しており、それら多くの民族を纏める要としてハプスブルク家の王族たちが存在していたのですが、この本はその王族の中でも皇位からはやや遠いカール・シュテファン・フォン・エスターライヒ大公とその子供たちが、20世紀前半の激動の時代をどのように生きたのかがテーマとなっています。タイトルの「赤い大公」とはカール・シュテファンの末子であるヴィルヘルムの綽名で、ハプスブルク本国の意向に反する形でウクライナ独立に肩入れしていた事がその呼び名の理由となっています。
 ハプスブルク君主国の実態というか統治体制に関しては、私自身この本を読んだ後でさらに色々調べてみたものの、それでも完全に理解できているとはいえません。それでも私なりに理解するところでは、この時代の君主国は1867年の「アウスグライヒ」と呼ばれる協定によって、オーストリア帝国部分とハンガリー王国部分が別々に統治され、両者の共通の君主として皇帝フランツ・ヨーゼフが君臨する形になっており、しばしば「オーストリア=ハンガリー二重帝国」と呼ばれています。このうちオーストリア帝国部分には、現在のオーストリアだけでなくその周辺に多くの地域が含まれて、それぞれの地域には別々の民族が生活しています。
 カール・シュテファン大公はガリッツアに多く住むポーランド人に肩入れしており、将来的には自らがポーランド王となって「オーストリア=ハンガリー=ポーランド三重帝国」を実現しようと夢見ていました。嘗て大国だったポーランドはこの時点では周辺国に分割されて国を失っていますが、嘗ての領土の東側にはウクライナ民族を抱え込んでおり、もしポーランド王国が復活すれば、今度はウクライナ人がその中の少数民族となる事になります。
 ヴィルヘルムは父の意向に背く形でこのウクライナの独立に肩入れしていき、実際に自らをウクライナ人として行動するようになります。そのためにプロシアやオーストリア本国とも対立し、さらにはウクライナがソ連に併合された後はそれに対抗するためにファシスト・ドイツの力を借りようとするなど、政治的にはかなり節操のない行動を繰り返していきます。パリでの女性スキャンダルも含めたこの辺の節操のなさは、ポーランド人として徹底的にナチスと対立したカール・シュテファンの長男カール・アルブリヒトと対蹠的です。最終的に、第二次大下のウィーンに潜伏したヴィルヘルムはゲシュタポの追跡からは逃れるものの、ついにはスターリンソビエトの手に落ちて捕らえられ、獄死する事になりました。
 ヴィルヘルムが独立を目指したウクライナはソ連内の共和国を経て、ソ連崩壊後についに独立を果たしましたが、ハプスブルク君主国時代以来の複雑な民族事情が尾を引いて現在の混乱に至っている訳で、やや偶然ながら非常にタイムリーな内容の本を読んだ形となりました。

 
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