シリウス (オラフ・ステープルドン著:早川文庫)

 ステープルドンが残した四つの長編SFのうち最後(1944年)に書かれた作品で、四作のうちでは最も読み易いのではと思います。以前に紹介した「オッド・ジョン」と共にハヤカワ文庫から出版されており、個人がほぼ描かれていない他の二作とは対照的に、「主人公」の出生の経緯からその生涯がその「友人」である語り手によって語られるという形の伝記のような体裁で書かれた作品です。この本を買ったのはずっと昔恐らく高校生の頃なのですが、今回この記事を書くにあたってじっくりと読み直してみました。特にSFの場合、昔に読んだときにはとても良く思えたのに今読み返すと色々と粗が見えてしまう作品が多いのですが、「シリウス」も以前の記事に書いた「オッドジョン」もそのような部分はほとんどなく、やはり非常な名作なのだと改めて感心しました。
 人間と同等の知能を持つ犬というアイディア自体は、当時はともかく現在では小説だけでなくコミック等でも普通にありそうですが、どのように犬に知性を持たせるのかをここまで現実的かつ具体的に考察した作品はおそらく他にないと思います。母体に何らかのホルモン操作を行って胎児の脳と頭蓋を巨大化させるだけでなく、人間と対等な知性を持たせるためには人間の幼児と一緒に人間同様に育てる必要があり、さらにそれを可能にするためには犬の寿命(というか幼児期)を人間並みに延ばす必要がある、というのは科学的に非常に説得力があり、「オッド・ジョン」でも見られたように作者ステープルドンの生物学的な知識の豊富さを窺わさせます。さらに人間同等の知性を持ち人間の言葉を理解できる犬であっても、発声器官の構造が異なるため人間のようには喋れず一部の人間としか会話できない点や、手がないハンディに悩み苦しみ続けるところなども、ありがちな類似作品とは異なる現実的な描写です。
 第二次大戦が物語の筋に大きく影響しているのもこの小説の特徴です。すでに1930年代前半に書かれた他の三作でもヨーロッパを覆う不安が作品に影を落としていましたが、「シリウス」が発表された1944年は正に戦争の最中であり、英国本土への空襲や戦時体制が物語に大きく関わっています。空襲によって自らの創設者トマスを失い、さらに心労によるエリザベスの死によって人間社会に対する保護者を失ったシリウスは、プラクシーと共に偏狭な排他主義に直面し、やがて社会の脅威と見なされて抹殺の対象となります。下種な憶測や偏狭な愛国心によって少数者が追い詰められていく様は、数十年前よりもむしろ現在読み直したときの方が現実世界に近いように見えてしまいます。少数ながら超人類の仲間たちが居たオッド・ジョンとは異なり、正に唯一の存在であるシリウスの方がはるかに弱者であり、組織的な山狩りにやがて屈する事になります。
 シリウスとプラクシーとのプラトニックではない「恋愛」感情の存在をはっきり描きながらも露骨な描写は一切排除している点も、高く評価できます。恐らく現在の作家だったらこうはいかず、「現実的」と称して露骨な獣姦シーンを入れたりしそうなので、映画化や漫画化も含めてこの作品のリメイクは個人的には見たくないです。
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