豚の戦記 (アドルフォ・ビオイ=カサーレス著:集英社)

 「豚の戦記」は前記事で紹介した「モレルの発明」から29年後にビオイ=カサーレスによって書かれた作品です。閉塞社会の中での世代対立が嵩じて「戦争」となり、若者たちが老人を街中で公然と襲撃し次々と死者が出るという展開は、本来は「ありえない話」なのですが、現在の日本社会で(恐らく)若者による年金世代への激しい罵倒がネット上で行われているのを見ると、この小説がまるで近未来の日本のカリカチュアであるかのような恐ろしさを感じました。物語の舞台である1960年代末のアルゼンチンは1966年のクーデター後の政治・経済的混乱が続く状況であり、それだけを見ると現在の日本とはまったく異なるのですが、経済が傾いて世界有数の富裕国からの転落が進んでいる中で、経済的に苦しい若年層の不満が高齢者に向かっている点などは非常に似ています。
 ほぼ一方的な襲撃の被害者となっている老人たちですが、その描写は決して彼らに同情的なものではなく、むしろ老人の醜さ(肉体的な意味ばかりでなく精神的にも)がしっかりと描かれています。題名の「豚」とは若者たちの過激派グループが老人たちを蔑視した呼び名ですが、実の所老人たちもその呼び名に半ば納得しているのも解る気がします。老人仲間のうち、最高齢ダンテのくどくどしい泣き言にも読んでいていらいらしましたが、それ以上に主人公ビダルの優柔不断振りが身につまされました。ようやく決断した直後にその決断を無駄に後悔する様はまるで私自身を書かれているようで、自分もまた容赦なく「豚」の年代に足を踏み込みつつある事を実感しました。
 集英社本に一緒に入っている「日向で眠れ」(実際にはこちらの方が少し長い)は、私には「豚の戦記」ほどはピンと来ませんでした。何らかの医学的処置によって人間の心を犬に入れ替えてしまう、というのは何となくブルガーコフの「犬の心臓」辺りを連想させるのですが、主人公があまりに妻の尻に敷かれ過ぎに感じて、正直なところ読んできてイライラしてしまうほどでした。ただ一般的に言って、ラテンアメリカ文学の多くでは、国民性から表面的に連想する「マチズモ」とは裏腹の「弱い男」が典型的に見られるようにも思います。
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