余りに過小評価な原発事故確率

 福島の原発事故以降、原発の是非を巡る議論の材料として、将来的に原発が今回と同程度の事故を起こす確率が問題となっています。この確率の値に関しては原発賛成派と反対派の間で余りに大きな差があり、両者の議論がまともにかみ合わない大きな原因となっています。
 電力会社が主張する100万年に一回という値は余りにも小さすぎるのではと常々思ってはいましたが、この数値の根拠がようやく解って改めて唖然としました。どうやら、深刻な事故が起こるという事象をいくつかの重要装置等が故障する事象の積とみなし、しかもその故障がすべて独立とみなして単に個々の装置の故障確率を掛けていたようです。以下の二点で、この理論は余りに非現実と考えられます。

1. まず、それぞれの装置が故障する事象は独立でない。完全な機械的磨耗や偶然の目詰まり等などが原因なら確かに独立でしょうが、同じような環境下に置かれている二つの装置が故障する事象は独立ではありません。福島第一原発の3機の非常電源が海水を被って一度に故障したのが一番解り易い例ですが、製造された部品の設計に気が付かないような欠点があるような場合も、その欠点があらわになる事態がひとたび起これば、複数の部品が同時に故障する事になります。
2. 深刻な事故が起こる原因は機械的故障ではなく、想定外の天災や人為的なものが普通である。例えばチェルノブイリ事故の原因は、安全装置のほとんどを人為的に外して行った実験でトラブルが発生したためでしたし、福島の事故の事故は過去に例がないような大津波によるものです。(ただし、その津波を被る場所に非常用電源を設置したのは、人為的ミスといえます。)また二名の死者を出した東海村でのレベル4事故は、作業マニュアルを無視して行った作業によるものでした。このように、現実に起こった深刻事故の原因は多くの場合装置の故障ではなく、作業マニュアルを逸脱した「想定外」の行動あるいは「想定外」の自然災害なので、機械的故障の確率計算は無意味である。

さてそうすると、深刻事故の起こる確率はどのように計算すべきなのでしょうか。偶然的に起こる「想定外」の事態が原因という事は、経験論的な確率しか意味を成しません。そうすると例えばレベル7事故を見ると、原子力による発電が世界で初めて始まった1951年から現在までの64年間で2回の事故が起こったという数値のみが意味を持ちます。この数値から以下のように計算します。
非常に低い確率で偶然起こる事象の分布を表すのに使われるのはPoisson分布であり、その分布関数は
P(X=k)=p^k exp(-p)/k!
で与えられます、ここでパラメータpはこの分布の期待値を表します。
そこで64年間で一回のレベル7事故が起こる確率をpとすれば
P(X≧2)=1-P(X=0)-P(X=1)=1-(1+p) exp(-p)
が例えば0.05以上であるようなpの範囲を求めれば、それが5%検定でのpの範囲となります。
これを計算すると、p≧0.355と求まります。(なお、1%検定ではp≧0.148, さらに0.1%検定ではp≧0.0454となります。)
つまり、64年に一回以上事故が起こる確率が0.355より小さいなら、5%未満しか起こらないような稀な現象が起こったという事になります。さらにこの事故確率が0.0454以上である確率は99.9%となります。
実際には特に中国を初めとするアジア諸国で原発が増え続けているので、この確率は将来的にはさらに高くなるでしょう。こう計算してみれば、100万年に一回という数値がいかに甘いものであるかが良く解ります。恐らく2040年頃までの間に再びレベル7の事故が「想定外」の理由によって発生し、そのときにはまた「こんな事故は想定外だった」という主張が抜け抜けと繰り返される事でしょう。
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