クコツキイの症例 (リュドミラ・ウリツカヤ著:群像社)

 ロシアの女性作家リョドミラ・ウリツカヤは1943年生まれですが、生物・遺伝系の研究者出身で小説を発表し始めたのは40代になってからという遅咲きの作家です。しかしながらロシア国内だけでなく西側でも良く知られた有名作家であり、日本でもすでにいくつかの作品が翻訳されています。また、彼女は現在のロシアにおいてプーチン大統領とその政策を真っ向から批判する勇気を持つ数少ない文化人の一人としても知られています。
 この「クコツキイの症例」は優秀な産婦人科医であるピョートル・クコツキイ一家の運命が、帝政ロシア末期からソビエト時代においてどのように翻弄されていったかを描いた作品で、トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」等を連想させる内容です。クコツキイ家の人々は恐らくソビエト・ロシア知識人のさまざまなタイプをそれぞれ代表しており、それぞれの人々がどのようにこの時代を生きて変わっていったかを象徴的に描いているように思います。題名にある「症例」は英語で書けば"case"であり、「クコツキイ家の場合」が題名の一つの意味なのでしょう。同時にまた、クコツキイ家の人々(実際にはソビエト・ロシア知識人一般)は皆ある意味で精神的に病んでいる事を示唆しているようにも感じられます。
 (ある種の超能力による)卓越した才能を持つ知識人であるパーヴェル・クコツキイは、非合法堕胎によって多くの女性の命が奪われている事に気づき、人道的立場から堕胎の合法化を党最高幹部にも臆せずに主張する硬骨漢です。しかしそんな彼でもルイセンコ主義の蔓延やユダヤ人医師事件等の時代の狂気には耐えられず、さらに堕胎に対する考え方の対立によって妻エレーナとの仲も険悪化した事も手伝って、アルコールに溺れていきます。そのエレーナは若年性痴呆とも思える狂気に次第に侵され、さらに優等生だったエレーナの連れ子ターニャもあるきっかけによって社会をドロップアウトし、一家はまったくの機能不全に追い込まれます。 一方で養女のような形で貧困家庭から一家に引き取られた孤児のトーマは逆にソビエト社会に適応していき、善人ではあってもがさつで他人に冷たい典型的な「ソ連的人間」となって行きます。さらに善良だが無知で頑なな信仰にこだわるワリシーサも、ロシアの老女の典型のように見えます。
 作品の第二章は他の部分とかなり異質であり、名前のない人物たちがさ迷う別世界での出来事のようです。確かにエレーナやパーヴェルと重なる人物も登場しているのですが、狂気に陥ったエレーナの心内世界とも異なるようで正直なところ他の部分とのつながりが理解できませんでした。
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