世界終末十億年前 -- 異常な状況で発見された手記 (A&B ストルガツキー 著:群像社)

 スタニスワ・レムの「浴槽で発見された手記」を連想させる副題はどうやら邦訳版独自のものですが、「浴槽で・・・」と同様に断片的な手記の体裁で書かれている小説です。ストルガツキー兄弟の作品は私にはやや取っ付き難いものが多く、この作品も以前に読んだときはかなり解らなかった記憶がありましたが、今回読み直してみるとそこまで難解には感じませんでした。この小説を原作とするソクーロフ監督の映画「日陽はしづかに発酵し・・・」の方がはるかに難解というか、映画の方は本当に意味が解らないレベルで、他の作品も含めソクーロフの映画はどうやら私には向かないようです。
 一見するとお互いに無関係のように見える発明・発見をした科学者たちの前に謎の超文明からの使者が現れ、「はるか未来にそれらの研究・発見が結びついた結果が世界を滅ぼす」と警告してその研究の放棄を迫るという展開は、もちろん現実世界のソ連で行われていた政府による科学者や作家への統制を比喩的に描いたものでしょう。「超文明」を名乗るにしては余りに露骨かつ粗暴な圧力の掛け方も、現実世界でのKGB等のやり方が正にそうだった訳です。(恐らく実際にはさらに粗暴かつ直接的だったと思います。)統制国家における国家権力の嫌がらせはスパイ映画等にあるような緻密で気づき難いものではなく、以前に取り上げた「狙われたキツネ」でも描かれたような「誰にでも解るほど露骨かつ粗暴だが(当局自身が犯人であるがゆえに)警察に訴えても相手にされない」ものであり、それによって対象者に無力感と恐怖を味わせるものです。この作品ではそれが例えばヴェチェローフスキイへの「何らかの攻撃を受けたのは明らかだが超自然的で捜査しようがない」襲撃として現れています。その圧力に屈して無難な研究テーマに逃げた者達を「卑怯だ」とののしる子供の言葉は、国家権力の言いなりになって良心を曲げたソ連知識人の内心の声を表しているのでしょう。
 ところで本筋とは関係ないところですが、ノーベル賞受賞者のヴェチェローフスキイが「数学者」とされている点は、ノーベル賞には数学分野は存在しないので、気になりました。もっとも特に近年は、物理学者のウィッテンがフィールズ賞を受賞するなど数理物理学と数学とはかなり一体化しているので、その逆パターンがあっても不思議ではないのかもしれません。
スポンサーサイト

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

X^2

Author:X^2
このブログは、旧ブログ
Babylon5以外のメモ
からの移転先として立ち上げました
。連動するホームページである
Babylon5 Episode Guide
にもどうぞ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク