通訳ダニエル・シュタイン (リュドミラ・ウリツカヤ著:新潮クレストブック)

 以前に紹介した「クコツキイの症例」の著者であるリュドミラ・ウリツカヤの2006年の作品で、ロシア国内のみならず西側諸国でも大きな反響を呼んだ小説です。主人公のダニエル・シュタインの実在のモデルであるオスヴァルト・ルフェイセンの生涯はほぼこの作品に書かれている通りで、その意味でこの小説は伝記に近いのですが、一見すると主人公とほぼ関係のないように思われる多くの人々の人生が同時に描かれています。そしてそれらの人物たちの思いや行動は、実際の著者ウリツカヤからその友人に宛てた手紙を含め多くの書簡によって明らかにされているという、書簡小説のスタイルで書かれた作品です。
 言葉に訛りがなかったためにユダヤの出自が明らかにならないまま、ナチスドイツ支配下のポーランドにおいてゲシュタポの通訳を務め、密かにゲットーのユダヤ人たちを支援して逃亡させたという主人公ダニエルは、多くの命を救った英雄として尊敬される一方でナチスへの協力者ともみなされうる複雑な立場に置かれており、本人もまた救えずに見殺しにした多くの命に対して罪悪感を覚えています。恐らくその理由によって戦後カソリック神父となった彼はイスラエルに移住し、バチカンの元で政治勢力化した「大きなキリスト教」ではなく主の兄弟ヤコブによる「小さなキリスト教」を信奉してイスラエル国内の少数派のために奔走します。しかし彼の主張は多数派のユダヤ教徒だけでなくキリスト教会主流派からも受け入れられず、結局は彼の死後、彼の教会は活動停止に追い込まれ、聖地にヤコブの教会を復活させるという計画は失敗に終わります。その意味で彼は敗北者なのですが、常に少数派の視点に立ちながら前向きで楽観的なダニエルの姿は印象的であり、周囲の人々に強い印象を残している点を見れば、彼の行いは無駄でなかったと言えるでしょう。
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