聖ペテロの雪 (レオ・ペルッツ著:国書刊行会)

 ペレッツの処女作「第三の魔弾」は正直読みにくいと思ったのですが、「ボリバル侯爵」そしてこの小説は引き込まれるように「して一気に読み切ってしまいました。作品の舞台というか事件の規模は前二作にくらべかなり小さい(何も起こっていないという解釈すら可能)なのですが、一方で麦角からの幻覚剤の抽出という、書かれた時点(作品が発表されたのは1933年)では起こっていなかった事実を予見するかのような内容が主題となっている点が非常に興味深い小説です。現実世界において麦角成分からLSDが合成されたのは1938年11月で、その幻覚作用が確認されたのが1943年4月16日であり、これがLSD発見の日とされています。もちろんすでに19世紀後半には麦角中毒の原因物質を取り出そうとする試みが始まっており、その毒性だけでなく向精神薬としての作用も古代から知られていましたから、LSDの発見はある意味時間の問題でした。
 歴史上の宗教熱が麦角の作用によるものだったという仮説も、実際のところそれほど突飛なものではなく、15世紀から18世紀における魔女裁判に麦角が関係しているという考えは実際にあるようです。しかしロシア革命後のこの時代、神はすでに死んでいて宗教的熱狂の行きつく先は赤色革命だったというのは、ペレッツのみならずこの時代の多くの保守的文化人の恐れを反映している結末のように思えます。
 一方でフォン・マルテン男爵のもくろむ神聖ローマ帝国の復興に関してですが、実のところ神聖ローマ帝国に最盛期をもたらした皇帝フリードリッヒ2世に関してはこれまで全くの無知で、教皇に破門されたという逸話からカノッサの屈辱の当事者と勘違いしていたくらいでした。というよりも、神聖ローマ帝国の歴史自体、事実上これまでなにも知らなかったと、この小説を読んだあとに調べてみて気が付いた次第です。
 ところで、主人公ゲオルグのモルヴェーデでの体験が現実のものだったのか、それともオスナブリュックで交通事故に遭って意識不明となった彼の病床での幻想だったのかは、読者の想像に任されています。私自身はさまざまな描写から考えて、事故直前に見たもの(大理石のレリーフや本の題名、そして過去の憧れの女性)が取り込まれたゲオルグの幻想で間違いないと解釈していますが、あとがきを読むとこの判断は翻訳者の意識に引きずられた結果かもしれません。そうでなければ逆に翻訳者が初読時に逆に解釈した理由が説明つかないように思います。
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