すばらしい新世界 (オルダス・ハックスリー著:早川書房 世界SF全集10)

「1984年」、「われら」と並ぶ有名なディストピア小説の一つです。以前に紹介した「エペペ」よりはっきりとSF的な内容であり、実際にこの早川書房の世界SF全集10巻に「1984年」と共に収まっています。著者のオルダス・ハックスリーの一族は、特に生物学分野では非常に名門の家系であり、祖父のトマス・ヘンリー・ハックスリーは「ダーウィンのブルドック」の異名で知られる進化論者の大立者、また兄のジュリアン・ハックスリーもユネスコ事務総長も務めた有名な生物学者、そして異母弟のアンドリュー・フィールディング・ハックスリーはノーベル医学生理学賞受賞者です。この小説で描かれる未来での人工生殖技術の描写がかなり現実的な点を見ると、おそらくオルダス・ハックスリー自身も生理学・生物学の素養がかなりあったと思われ、同じ英国の作家であるオラフ・ステープルドンにも共通するものを感じます。
 「1984年」の地獄世界とはかなり異なり、この小説で描かれる未来世界は平和で人々の不満もほとんどない、ある意味で天国のような「すばらしい」社会です。ただしそれは規格化され自由意志を失った人々が暮らす「愚者の天国」であり、嘗て人類滅亡の瀬戸際まで行った世界戦争を教訓として、科学技術と思想は政府によって完全に管理されています。全ての人間は体外受精によって生まれて、親や家庭といった概念は消滅しています。出生前からアルファからイプシロンまでの階級別に分けられた彼らは徹底的に条件付けされているだけではなく、下位階級の人間は意図的に知的・肉体的な成長を阻害されているなど、その部分を見る限り確かにディストピアなのですが、この社会に住むほとんどすべての人間はこの状態を当たり前と考え、なんの不満も感じすに幸福に暮らしています。わずか十名の「世界総統」によって統治されたこの世界は、社会的な不安要因は徹底的に排除された非常に安定した社会であり、あえて言えば中国共産党支配が理想的に全世界に広がった仮想未来がこのようなものかもしれません。ただ、最近の社会の雰囲気からすると、杞憂とは思いますが日本がいずれこの未来に向かっていくかもしれないという恐れも何となく感じています。生殖と性欲との分離は実は現在の日本でも進行中ですし、「倹約は悪であり消費こそすべて」というスローガンは、日銀の経済政策を連想させます。少なくとも言えるのは、誰にとっても生き地獄である「1984年」の世界とは異なり、政府の方針に一切疑問を擁かず思考停止している人々にとっては、この「すばらしい新世界」は生活しやすいのではないでしょうか。
 さらに言うと、知的に卓越しているがゆえにこの世界の秩序になじめない反抗的な人間が流刑されるアイスランド等の辺境はいわば新世界の「外側」であり、その存在がこの世界の安全装置となっているのかもしれません。総統ムスタファ・ムンド自身は体制内で生きて世界を導く役割を選んだわけですが、流刑地もまた一種の社会実験場として機能する事により、社会の永続性に寄与しているのではと思います。
 ところで、アルファ階級の登場人物はすべて男性、ベータ階級はすべて女性となっているのは偶然ではなく、実際にそのように分けられているのでしょうか。この作品が書かれた時代には、男性の方が上というのは特に差別的な意図はなく当然だったのだとは思いますが。
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