誰がネロとパトラッシュを殺すのか -- 日本人が知らないフランダースの犬 (アン・ヴァン・ディーンデレン/ディディエ・ヴォルカールト編著:岩波書店)

 「フランダースの犬」はイギリスの女流作家ウィーダ(Ouida)によって1872年に書かれた短編小説ですが、恐らく多くの日本人はこの小説そのものではなく、1975年に放送されたアニメとして知っていると思います。実際、私自身今回紹介する本を読むまでは、ウィーダの名をまったく知りませんでした。なおウィーダは彼女のペンネームであり、本名はMarie Louise de la Raméeとの事です。彼女はその当時は非常に売れっ子の作家であり、イギリスだけでなく他のヨーロッパ諸国の上流階級とも派手に付き合っていたのですが、晩年は財産を失い1908年にイタリアのヴィアレッジョ近郊の村で孤独な死を迎えています。
 この本は、原作小説とハリウッドでの映画化、そして日本でのアニメそれぞれを比較して、特に日本でなぜ「フランダースの犬」が大々的に受け入れられ、それが現在のフランダース地方(ベルギー北部)にどのように影響したかを論じた学術研究書です。主著者のディーンデレンとヴォルカールトは共にフランダース人であり、この件に関するドキュメンタリー映画「パトラッシュ、フランダースの犬 -- メイド・イン・ジャパン」を作っています。
 「フランダースの犬」がフランダース地方では全く知られておらず、アントワープ市の観光案内所の窓口で多くの日本人観光客が「フランダースの犬」ゆかりの史跡について尋ねたためにこの作品が現地で「再発見」され、日本人観光客向けのいくつかのパンフレットや観光施設が作られたという事自体は、日本のTV番組でも紹介されています。しかし現在ではそれらの施設は撤去されたり放置されたりしてほぼ忘れられた状態になっており、ほぼ再発見前の状態に逆戻りしている事実はほとんどの日本人が知らないようです。その原因の一つは、この小説で描かれるフランダース地方がかなり否定的に描かれており、さらに日本のアニメでは主人公ネロたちの年齢が原作よりかなり幼くされたり、そもそも風景や服装がフランドルとは似ているとは言え(現地からすると)全く異なるオランダのそれらとして描かれているため受け入れがたい点です。そしてもう一つ重要な点として、貧しくて人生に失敗する少年の物語である「フランダースの犬」は、エネルギッシュなファッションの街というイメージづくりを目指しているアントワープ市の観光コンセプトと全く逆向きであり、そのため市自体が「フランダースの犬」を売りにしたくない事が挙げられます。アントワープはそもそもが有名な観光地であるため、暗い影を背負う「フランダースの犬」を観光資源にする理由が存在しないのです。
 一方で、「ネロとパトラッシュのふるさと」として名乗りを上げたホーボーケンの事情はやや異なります。現在はアントワープ市に吸収されてしまったこの小さな町は、アントワープ市本体とは異なり観光資源が他にはないため、いわば「町おこし」の材料として「フランダースの犬」の再発見を歓迎し、二人(というか一人と一匹)の銅像を建てたりさらには過去にも存在しなかった作品内の赤い風車小屋等の「再建」を試みましたが、アントワープ市当局との対立を招く結果となりました。一方で日本からの観光客にとっては、自分たちが真実と思っているアニメの絵とは異なる銅像等は受け入られるものではなく、さらに現地の人々の物語に対する無関心もカルチャーショックとなっているようです。現時点では、現地の人々もアニメに感動して「聖地巡礼」にやってくる日本人観光客も両方が満足できない不幸な状況にあり、この点は同様に日本人観光客が押し寄せる「アルプスの少女ハイジ」や「赤毛のアン」の聖地とは全く異なっているようです。
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