図書館大戦争 (ミハイル・エリザーロフ著:河出書房新社)

 「図書館戦争」はもちろん日本の小説ですが、きわめて似た日本語タイトルのこちらは現代ロシアの小説です。原題の直訳は「図書館司書」であり、この邦題には「図書館戦争」に意図的に似せた訳者と出版社の商魂を感じます。作者ミハイル・エリザーロフの生まれは旧ソ連時代のウクライナ(1973年)ですが、ロシア語で著作活動をしているロシア作家です。実はこの本を読んだのは一年以上前の事で、新聞の書評を見て興味を持って図書館で借りて読み、実際にかなり印象には残ったものの読んでいて気分が悪くなるような暴力とカルト描写にかなり引いてしまい、これまで紹介せずにいました。今回改めて記事をまとめる気になったのは、同じく現代ロシアの小説である「氷三部作」を読んで、「図書館大戦争」と同じテイストを感じたからです。
 現代ではほぼ忘れ去られているソ連の作家グロモフの書いた7つの本は、集中して一気に読むと読者に不思議な作用を与えるため、その力を知る熱狂的な読者には本来のタイトルではなくそれぞれ「記憶の書」「力の書」「喜びの書」「忍耐の書」「権力の書」「憤怒の書」「意味の書」と呼ばれ、貴重な宝物として扱われています。そして本を共有する読者のグループは「司書」をリーダーとする「図書館」や「読書室」を作り、本を奪い合う血みどろの戦いを繰り広げています。もちろんその戦いは本の力を知らない一般人には分からないところで行われており、戦いによる死者や重傷者も警官や医者を買収するなどして通常の事故によるものとして処理されています。このような、グロモフの本の不思議な力の発見と各図書館の成立およびその抗争の歴史が、この作品の初めの部分をなしています。グロモフの小説はソ連時代の公式に認められた文学である硬直した「社会主義レアリズム」の作品であり、大部分の読者には退屈あるいは馬鹿馬鹿しくて真面目に読む気がしない代物です。そのためソ連時代にさえ「集中して一気に読む」読者は稀であった上に、ソ連崩壊後は紙くず扱いされてほとんど目に留める人もいなかったのが、偶々何かのはずみに集中して読んだ読者が段々と図書室・図書館を形成し抗争が繰り返されていく過程は、ファンタジー世界の歴史記述にように読めて中々面白く感じました。
 さて主人公アレクセイの叔父はある読書室の司書であり、その死後アパートを相続しに来たアレクセイは偶然抗争に巻き込まれ、やがて次の司書に祭り上げられます。実は7つの書はその希少度にかなりの差があり、特に希少でその読者にカリスマを与える「権力の書」や読者を興奮させ闘争心を燃え立たせる「憤怒の書」を含む多くの本を持つモホヴァ図書室は、他の図書館の持つ本をすべて回収あるいは破壊しようと抗争をしかけてきます。実はグロモフの作品は公式には6作しか知られておらず、7つ目の「意味の書」はその存在すら疑われている幻の書でした。アレクセイは偶然(実はある人物の策略の結果)唯一存在する「意味の書」を入手するのですが、その直後にモホヴァ図書館の実質的リーダーである老婆ゴルンの計略に嵌ってアレクセイの図書室は壊滅し、モホヴァ図書館の本拠地地下に捕らえられたアレクセイは「意味の書」を含む7冊すべての書を読み通します。この辺りから物語の展開は混とんとしてきて何が起こっているのかが解り難くなり、最後の結末は正直なところ私には理解できませんでした。
 グロモフの本に取りつかれた人々の所属する「グロモフ界」は、外から見ればオウム真理教などのカルト宗教そのものです。「記憶の書」によって得られるソ連時代の偽記憶を現実のように懐かしむ人々は、カルト宗教に洗脳されているのと同様に見えてしまいますが、ソ連崩壊後の大混乱によって多くを失った人々にとっては、ソ連時代は「昔は良かった」と懐かしく感じられる美しい過去であり、この小説が現実のロシアでベストセラーになった事は、過去のソ連時代を懐かしむ人々が現代ロシアには結構多い事を意味しているのかもしれません。
 ところで「意味の書」(本来のタイトルは「スターリン陶器工場」)が一冊しか存在しなかった経緯は、ソ連の歴史に深く関わっています。小説としては御多分に漏れずソ連社会の建前に沿った筋書きだったこの本は、スターリンの卓越した指導力を称える内容でした。ところが本が印刷されている間にスターリン批判が行われ、この本はもはや好ましくない内容となってしまったため、一冊を残してすべて裁断されてしまい、公式には存在しない幻の本と化してしまった訳です。この辺りを含めソ連固有の事情に関係する部分は、他のソ連・ロシア文学にある程度親しんで知識のある人でないと理解しずらいかもしれません。
 それから、言葉の羅列がそこに字面に書かれている意味以外の魔力をその読者に発揮するという設定は、「幻詩狩り」のそれを連想させるものです。ただ、こちらの場合はコピー等のグロモフの原著(公式に印刷された本)以外ではほぼその魔力がない、という点が「幻詩」とは決定的に異なるため、その書が社会に広がる事はありえず、それだからこそ原著を奪い合う抗争が起こる訳です。
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