蜘蛛女のキス (マヌエル・プイグ著:集英社)

 少し前に紹介した同じ作者の「天使の恥部」もそうでしたが、イザベル・ペロン政権以後の軍事政権下での反体制派に対する大虐殺は現在のアルゼンチン社会にも深刻な影を落とし続けており、20世紀後半以降のアルゼンチン文学では、直接的ではなくとも何らかの形で必ず触れられるテーマとなっています。この「蜘蛛女のキス」は正にその時代のアルゼンチンで警察に捕らえれた反体制活動家ヴァレンティンと、未成年者への性的行為で逮捕され、ヴァレンティンと同房となった同性愛者モリーナとの会話によって成り立っている作品です。モリーナはヴァレンティンから反体制組織に関する情報を聞き出せば釈放すると刑務所長に言い含められており、彼と親しくなるためこれまで自分の観た幾つもの映画の内容をヴァレンティンに語り、それに対するヴァレンティンの反応がほぼ二人の会話(従ってこの作品)の大部分を占めています。始めのうちは刑務所長の言いなりになっていたモリーナが段々とヴァレンティンに惹かれて行きそして・・・という粗筋のこの小説の主題は、階級も思想も異なり本来なら出会わないであろう二人の心の触れ合いなのですが、それとは別にモリーナがヴァレンティンに語る映画の話が中々興味深いものです。
小説自体に関する詳しい解説はかなり多くの記事を見つける事ができ、例えば以下の記事が詳しいです。
odd_hatchの読書ノート
松岡正剛の千夜千冊
 始めに語られる「黒豹女」をはじめ、「蘇るゾンビ女」、「愛の奇跡」、「大いなる愛」はいずれも実在の映画であり、それらももちろん興味深かったのですが、個人的に考えさせられたのは、いくつかの実在映画の合成だというナチスの宣伝映画でした。フランス占領軍の情報機関トップのナチ将校とパリの歌姫との悲劇的な恋愛という政治的に受け入れがたい内容のこの映画に対して、モリーナは政治的無知も手伝ってこの映画を美しいと言い切り、それに対してヴァレンティンは当然の事ながら非常に否定的な反応を返します。正直言って実際にその映像を見ずにモリーナの語るややベタな展開を読んでいる立場としては、ヴァレンティンの意見に賛成したくなるのですが、もしかすると実際に観るとモリーナの意見に同調する事ができるのかもしれません。レニ・リーフェンシュタールによるベルリンオリンピックの記録映画「オリンピア」が、明らかにナチスの宣伝映画であるにも関わらず不朽の名作と呼ばれるように、芸術作品の価値はその政治的立場とは無関係という考え方は当然あり得るのですが、私はそこまで割り切った感覚を持てませんね。
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