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人間以上 (シオドア・スタージョン著:ハヤカワ文庫SF)

 以前に紹介したヴィーナス・プラスXの著者シオドア・スタージョンの代表作で、1952年に発表された中編「赤ん坊は三つ」に主人公がそれぞれ異なる前・後編「とほうもない白痴」と「道徳」を加筆して一つにまとめ、1953年に出版されたのがこの「人間以上」です。そのためか作品全体としてのまとまりがやや悪い印象を受けました。特に他者の意思や記憶を操作する能力を持つ主人公ヒップ・バロウズと精神科医スターンとの会話の形式をとる「赤ん坊は三つ」はストーリーが追い難く、これが単独で発表された時点では理解できない読者が多かったのではという気がします。この作品自体が、ヒップの記憶抑制の謎と彼の能力の恐ろしさを描いているが解りにくい「赤ん坊は三つ」に、ホモ・ゲシュタルトの誕生までを描く「とほうもない白痴」と、善悪を考えずに無批判に自分たちの能力を使おうとするヒップを「頭」とするホモ・ゲシュタルトに善悪の概念を与える者が加わり正しい者となる「道徳」が加わって、一つの作品となっている訳で、不完全な能力者たちがまとまって完全なホモ・ゲシュタルトとなるというテーマを体現しているようにも思えます。

 「とほうもない白痴」の主人公の青年ローン(ただし途中までは名無し)は通俗的な意味で言う白痴とはやや異なり、途中からは少なくともブロッド夫妻や超能力者グループの仲間とは通常の意思疎通が可能になるだけの能力を備えています。もしかすると彼はブロッド夫妻に出会うまではソフトやデータのほとんど入っていないコンピュータのような存在だったのかもしれません。「とほうもない白痴」と「道徳」の副主人公であるジャニイの能力は基本的にはテレキネシスですが、それだけではなく「コンピュータ」の赤ん坊とデータのやり取りができるのが彼女だけという設定もあるなど、必ずしも個人と超能力が一対一に対応していないように見えます。また、ボニイとビーニイの能力であるテレポートが本人自体しか移動できず、着物を含めて他の品物を自分と一緒に運べないという描写は、ある意味合理的なのですがテレポートの描写としてはかなり珍しいのではないでしょうか。
 ところでテレキネシス・テレポート等の単独の超能力を持つミュータントが集団として一つの「ホモ・ゲシュタルト」となる、というこの作品と同テーマの日本のジュブナイルSF作品が確かにあったはずですが、タイトル・作者ともわからなくなってしまいました。そちらでは地球人よりはるかに進んだ異星人が、やがて地球にも波及する銀河規模の戦争に備えて用意した生体兵器であるという設定だった記憶があります。
追記:上に書いたジュブナイルSFですが、タイトルが判明しました。超人間プラスX
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