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忘れられた巨人 (カズオ・イシグロ著:ハヤカワ書房)

 2017年のノーベル文学賞作家の最新の長編小説です。鬼や竜が徘徊するアーサー王伝説の暫く後の時代という世界設定のため一見するとファンタジー小説のようにも見えますが、実際には「現在の平和を維持するために過去の残虐行為を封印するのは正しいか否か」という現代的で悩ましい問いを投げかけている極めて政治的な内容の作品であり、しかも主人公の老夫婦の決断の可否についてもはっきりとは書かないなど、どちらかが正解であると軍配を挙げているわけではありません。そのためかネットで書評を調べてみると「正解教」の信仰されている日本の読者間の評判はあまり高くないようです。もっと言ってしまえば、日本の過去の植民地支配下での行為、特にその否定的な部分を忘れるか否かという居心地の悪い問いにつながるのを恐れているように思えます。
 欧米の読者にとっては、この問題は90年代のユーゴ内戦あるいはルワンダ内戦に関するものとしてまず想起されるものでしょう。ユーゴ内戦を例に取れば、第二次大戦時のセルビア・クロアチア双方による殺し合いの後に成立したユーゴスラビア連邦では、チトーの卓越した指導力の下で東西冷戦のどちらの陣営にも肩入れしない事によって経済的に発展できたこともあり、民族対立は過去のものとして封印され忘れられていました。しかしチトーの死後現れた偏狭な民族主義を煽る指導者たちと経済の落ち込みによって、忘れられていたはずの民族対立に火が付き、過去の虐殺を暴き立てて対立をあおった結果、遂には民族浄化による再びの大量虐殺にまで行きついてしまいました。そして現在でもコソボ問題を始めとして、この地域での対立の火種は残ったままです。このような悲惨な歴史的経緯を見れば、いたずらに過去の残虐行為を掘り起こして糾弾せずに封印して平和を維持した方が良いのではとも思えます。
 一方で例えば現在のドイツにおいてすら、ナチスによるユダヤ人虐殺の存在を否定するなど過去を忘れる動きが広がりを見せており、言うまでもなく日本でも過去を忘れてひたすら自らを美化する歴史修正主義の機運が広がる憂うべき状況です。確かにいくら謝罪しても許してもらえない、何かあるたびに過去を蒸し返されるというのは、いくら加害者であってもさすがにウンザリしてくるのは間違いなく、その誘惑にかられるのも確かに理解できます。恐らく両サイドに存在する被害者がお互いに「忘れないが許そう」という態度を取るのが最善だとは思うのですが、現実を見るかぎりその境地に達するのは中々難しいようです。
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