サルは大西洋を渡った -- 奇跡的な航海が生んだ進化史 (アラン・デケイロス著:みずず書房)

 ダーウインの逸話に登場するガラパゴス諸島のそれぞれの島での固有種進化がその例であるように、比較的相互の距離が近い陸地間では元々の生物種が別々の陸地に拡散し、お互いに個別に進化してやがて別々の種が生まれるというシナリオは、進化論が定説になって以降は普通に受け入れられてきました。特に問題となる生物種が長距離飛行可能な鳥などの場合は、お互いの距離がかなり離れていても移住が可能であり、その結果かなり離れた場所で同じ祖先種から進化した別種が進化する事も十分にあり得ると考えられます。一方で、空を飛んだり長距離を泳げない陸上動物はそれとは異なり、距離が近い島はともかく数百km離れた島には人為的手段を除けばたどり着く事が出来ないと考えられてきました。常識的に考えても、自分で船を造る事のできない人間以外の陸上動物が海を渡るには自力で泳ぎ切るか浮遊物に乗って偶然たどり着くしかなく、ある程度以上の餌や水が必要なサイズの陸上動物が長距離航海するのはほとんどあり得ないと考えられます。しかしながら「ほとんどあり得ない」というのは地質年代レベルの時間単位で考えたときには必ずしも真実ではなく、実際に過去にはそれが何度も起こっていたというのが、今回紹介する本の主張です。
 大西洋を隔てた南米大陸とアフリカ大陸、さらにはオーストラリアやインド亜大陸などに、共通の祖先から進化した生物が生息している、あるいは生息していた化石証拠が見つかる事実は、嘗ては大きな謎であり、それを説明するために古代には大西洋やインド洋に現在では海に沈んだ大陸があったという「陸橋説」が唱えられていました。オカルト系で有名な「レムリア大陸」も、本来はマダガスカル・インド・東南アジアという遠く離れた地域にキツネザルの類縁種が分布している事を説明するためにインド洋に仮定された陸橋として登場したものです。現在ではこれらの分布はプレートテクトニクスによる大陸分裂と移動によって見事に説明されていますが、この成功が今度は「全ては大陸移動で説明できる」という硬直した思想(分断分布論)を生物地理学会にもたらす事になりました。特に南半球の生物分布はすべてゴンドワナ大陸の分裂で説明されるとする1970-80年代における米生物地理学会の主流派は、化石や分子時計などのさまざまな間接的証拠が、生物種の分化が実際にはゴンドワナ大陸分裂以降に起こっていた事を示しているにも関わらず、それらの証拠の不備をことさらに強調して反対派を徹底的に叩き、ソ連での「ルイセンコ論争」を思い出させるようなイデオロギー論争の様相を帯びていたほどです。この辺りに関するこの本の記述は、現代の科学界においても実際には未だにイデオロギーが幅を利かせてる事を如実に示していて中々興味深いものがあります。さらに言えば、、数学のような抽象論分野ではなく、現実世界を説明する自然科学分野では、現象の説明が一つの原因のみである事は極めて稀であり、この「分断分布論」と「分散分布論」も両立しうるものであり、むきになって対立するようなものではないように感じました。
 この本ではさまざまな例を挙げて、分断分布論で説明されてきた様々な隔離分布現象において、むしろ偶然の漂着によってそれが生じたという分散分布論の方が説明として適切である事を示しています。そして最後に、南米に生息する新世界サルと旧正解サルとの分岐がアフリカ大陸と南米大陸との分裂以降である事を示し、新世界サルの祖先もまた何らかの形で大西洋を渡ったと「結論しています。実際のところ、横断が想定される時代の大西洋の幅は現在よりかなり狭いので、この仮説はそこまで無理なものではないと考えられます。 

 追記: この本で初めて、ニュージーランド(正確にはニュージーランドを中心とする「ジーランド大陸」)がゴンドワナ大陸分裂によって8000万年前に生まれた後で一旦は完全に水没していた時期があるという話を知りました。それによってニュージーランドは地質的には大陸の一部であるのも関わらず、生物地理的にはむしろハワイと同様の海洋島とみなされるべき存在となっています。
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