ラ・レヘンタ (クラリン 著:白水社)

 スペイン北部に位置するアストゥリアス州の州都オビエドを旅行したときに、大聖堂前の広場の一角にかなり目立つ貴婦人の銅像を見ました。
La Regenta
気になって帰国後に調べてみて、この銅像は1884-85に出版されたオビエド(作中ではベツスタ)を舞台とする小説"La Regenta"のヒロインのものであると知り、さっそく図書館で借りてみました。ほぼ800ページある分厚い単行本で、おそらくこのような機会がなければ手に取る事はなかった作品なのですが、読んでみるとなるほど非常な傑作小説で、このような形で知ることができて運が良かったと思います。Wikipediaのスペイン語ページに書かれている「ドン・キホーテ以降のスペイン文学における最も重要な作品」という形容も大げさではないのでは。なお「クラリン」(ラッパの意味)は、オビエド大学の法学教授を務める傍ら文筆活動を行っていた著者Leopoldo Alasのペンネームであり、代表作とされるこの小説以外にも舌鋒鋭い文芸評論や短編小説で知られています。
 ラ・レヘンタとは主人公アナ・オソーレスの通り名で、「地方裁判所長夫人」を意味しています。アナよりかなり年上の夫はベツスタの元裁判所長ですが、彼女はその美貌と身持ちの堅さによって街中の尊敬を集め、ベツスタでラ・レヘンタといえば現裁判所長の妻ではなく彼女の事を指しています。物語は、彼女に魅惑され何とか陥落させようと試みる色事師の貴族メシーア・アルバロと、彼女の告解師でありながら密かに彼女に懸想するデ・パス司祭、そしてラ・レヘンタ本人それぞれの心理的内面を主題として進み、ついに彼女をものにして毎晩のように彼女の寝室に忍び込んでいるメシーア・アルバロとそれに気づいた彼女の夫ドン・ビクトル・キンタナールと決闘騒動が起こり、その結果アルバロに夫を殺された彼女はそれまでの名声と名誉をすべて失う事になります。嘗ては彼女を誉めそやしていた社交界の人たちは手のひらを反して彼女を腐して扱き下ろし、夫の死と愛人の出奔にショックを受けて長い事寝込んだ後も屋敷に引きこもり続けた彼女が意を決して訪れた大聖堂で、デ・パス師に告解を拒絶されて気絶する所で小説は終わります。
 この小説のテーマは、表面的には平和を享受するものの虚飾と欺瞞に満ちた19世紀末のスペイン社会において、そこに安閑とする人々に反感を覚えて新たな価値観と生活を模索するものの結局は挫折するヒロインの心理描写です。ラ・レヘンタの父親はベツスタの名門貴族の出身の夢想家であり、身分にそぐわないイタリア人お針子との結婚の結果、肉親である姉妹だけでなく上流階級からも孤立して貧困のまま死亡しています。その両親の影響を受けた彼女は多感で夢見がちな少女でしたが、父の死後は厳格な叔母たちに引き取られて抑圧された環境下で育てられます。その過程で彼女は宗教や文学など様々なものに一時的に夢中になり、それぞれに一定の才能を示しますが結局どれも理解できないままに彷徨い続けます。彼女の年の離れた夫は善人ではあるものの彼女の心の内を理解する事が出来ず、性的な点も含めて欲求不満を募らせた彼女は、周囲の女たちの協力も取り付けた色事師アルバロの誘惑をかなり長い間はねつけるものの、ついに屈してしまいました。
 一方で老僧から彼女の聴罪師の立場を引き継いだデ・パス師は、初めのうちは彼女を宗教の世界へ教え導く教兄としての立場で接しながら内心では美貌の彼女に懸想を続け、ついには彼女の精神的夫を自認するまでになります。その結果、彼女を口説き落とそうとあの手この手を使い最後にはその思いを遂げたアルバロを憎悪する一方で、ドン・ビクトルの事は内心で完全に馬鹿にしており、自分こそがラ・レヘンタの真の夫でありアルバロに復讐する権利があると考えて、その道具としてドン・ビクトルを決闘に煽り立てました。彼は上役である司教を意のままに操るベツスタ教会の実力者であると共に肉体的な能力も備えた力に漲った男性ですが、実は金銭欲の強い自分の母親には頭が上がらず、自信に漲った外面とは別に内心はかなり悩みの深い人物として描かれています。彼の内心の葛藤や妻の浮気を知った後のドン・ビクトルの衝撃や後悔の描写などからは、読んでいて自分自身のこれまでの様々な思い悩みを思い出しました。
 また、女性ではラ・レヘンタの小間使いでアルバロとデ・パス両方と肉体関係を持つ悪女ペトラや上流階級の端くれながら身持ちの悪いオブドゥリアやビシタシオン、男性では無知で粗野なのに押しの強さで自分の意思を強引に通してしまう「ラッパ銃」ロンサルや聖職者にあるまじき陰謀家のグロセステールなど、ベツスタの様々な(嫌な)人々の描写は、いかにも人間をよく観察しているなと感心してしまうほどです。正直なところ、登場人物の中で好意を持てるのは、アナとドン・ビクトル以外には、二人の仲人を務めたドン・ビクトルの友人で、社交界をつまはじきされた後のアナの唯一の友人となったフリヒリスくらいのものです。
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