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天のろくろ (アーシュラ・クローバー・ル=グイン 著:サンリオSF文庫)

 この作品名もかなり以前から知っていましたが、こちらの紹介記事を読んで興味を持ち、図書館で探して読んでみました。ル=グインは「闇の左手」や「所有せざる人々」を含む「ハイニッシュ・サイクル」と呼ばれる未来史ものSFや「ゲド戦記」を代表作とする非常に有名な米女性作家で、特にフェミニズムを正面に出したいくつかの作品を含め社会科学的テーマを中心とした作品が多く、正直なところ私にはやや苦手なタイプです。ただ、この作品はわりと読みやすく感じました。
 自分の観た夢によって世界全体が過去を含めて変わってしまう、というのは常識的にはあり得ない事ですが、もし本人も含めて変わる前の世界を覚えておらず、変わった先の世界がその内部でつじつまが合っていているなら、実は何の矛盾も生ぜず、誰も気が付きません。理屈の上では、現実の我々の世界ですら(そんな事はないとは思いますが)一瞬一瞬のうちに不連続な別の世界線に飛んでいる可能性もあり得ます。もちろんこの作品では、少なくとも主人公のオアとヘイバー博士は以前の世界を覚えているために大きな問題が起こり、オアの心の中の葛藤がさらにまた別の改変を生んでいく事になります。実の処、「世界をより良く変える」というヘイバー博士の狙いと裏腹に、彼の観た夢による改変によって世界が良くなっているのかどうかは疑問の余地があります。特に人口問題の解決が疫病による世界人口の大幅減少という部分などは「猿の手」を思わせる悪意のある願いの叶い方ですし、人種問題の解決法も精神病患者へのロボトミー手術を連想させる乱暴な解決策に思えます。
 オアの能力を利用するだけでなく、自分自身にその能力を移してより直接的に世界を変えようとしたヘイバー博士が狂気に落ち、それによって世界が大混乱に陥るという結末に至ったのは、おそらくそれまでの苦い経験によって超えてはならない限界を理解して無意識のうちに能力をセーブしていたオアに対して、その経験が無かったヘイバー博士は限界を超えてしまったという事なのでしょうが、それにアルデバラン星人がどのように関わったのかは正直きちんと理解できていません。
 やや不思議なのは、以前に起こった大きな変化が元に戻らない点です。診療室の壁絵などの小さな変化はともかく、「疫病の時代」やアルデバラン星人はその後の度重なる改変でも残り続けています。これらの大変化はオアの記憶に強く残っているために、以降の彼の観る夢の中でもそのまま保持され続けているのがその原因なのでしょうか。ヘイバー博士自身の存在感が強くなる一方なのも同様の理由なのでしょうが、存在感の無い大統領が同一人物でずっと存在するのは、説明がつかないです。
 ところで、「天のろくろ」というタイトル自体が実はある誤解(誤訳)の元に成り立っていると、訳者あとがきに指摘されています。それによると、3章冒頭の「荘子」の引用にある「天のろくろ」というのは原文にある「天鈞」の英訳であり、これは通常は「すべてがひとしいという天の道」と解釈されており、「ろくろ」というニュアンスはないという事で、つまり英語翻訳されたときの誤訳によるイメージによってこの作品が書かれた事になります。このように、「誤解によって新しいものが生まれる」事は想像以上に多いのかもしれません。 ちょっと不思議なのは、人間としての分を超えて世界の改変を続けたヘイバー博士がその報いを受けた形となる結末が、荘子からの引用部分の「もし限界を守るということに従わないなら、天鈞によって罰せられ、破滅の憂き目に遭うことになろう」とぴったり合っている点です。つまり、「ろくろ」というイメージから生じたアイディアはおそらくヘイバー博士が世界を自由に改変していく部分なのでしょうが、結末部分は「天鈞」の元の意味になっているわけで、結果的には誤解とは言えないようにも思います。
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