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黙示録3174年 (ウォルター・ミラー著:創元推理文庫SF)

 これもまた、ずっと以前から名前は知っていたポストアポカリプス系SFですが、今回が初読みとなりました。著者のWalter Michael Miller Jr.(1923--1996)はフロリダ州出身のドイツ系アメリカ人であり、作家としての活動は1950年代に集中しています。
 1970年代に起こった全面核戦争とその後の焚書坑儒によってほぼ文明が失われた世界において、後の世代への遺産として科学技術文献を保存し続けたリーボウィッツ修道院を中心に据え、6世紀ずつを置いた三つの時代の出来事を綴ったこの作品は、著者がアメリカでは少数派であるカソリック教徒である事を反映して、カソリックの教義に関するさまざまな用語がちりばめられています。原題の"A Canticle for Leibowitz"自体もそうで、直訳すれば「リーボウィッツ賛歌」とでもすべきでしょうか。現在の視点から見ると教会用語の日本語訳がやや不適切な部分もあり、例えば「上人」というのは「福者」と訳すべきでしょう。なお、著者の生前に発表された長編作品はこの一作のみですが、この作品の第二部のおよそ80年後の時代を舞台にした遺作"Saint Leibowitz and the Wild Horse Woman"が、1997年に出版されています。
文明水準が中世以前にまで退行していた時代(26世紀)の第一部におけるリーボウィッツの遺品発見と列聖の経緯では、すでに彼が命を懸けて保存した文献の記述内容自体は誰にも理解できないながら、それでも彼の偉業そのものは教会関係者には十分理解されている事が伺えます。第二部(32世紀)ではルネッサンスが始まると共にテクサカーナ王国による北アメリカ大陸統合が始まり、第三部(38世紀)には再び二大国家の冷戦の末に全面核戦争が起こって、20世紀の核戦争よりも徹底的な破滅を迎えるというこの作品での歴史は、過去から学ばずに同じ過ちを繰り返す人類の愚かさを憐れんでいるかのようです。おそらく地球上の人類が全滅したと思われる結末において、それをあからさまには描かない抑えた描写は却って強く印象に残ります。
 カソリックに対しする著者の思い入れが作品全体に色濃く反映されているのは間違いないのですが、第二部での大科学者タデオ博士と修道院長との意見対立、また第三部での救済ステーションの医師と修道院長との意見対立はどちらも、カソリック側に過度に肩入れすることなくかなり公平に描かれていると感じます。第二部では、軍事手段での周辺国家の征服を目論むテクサカーナ王の行為を認めるかどうかの対立であり、現在の社会でも正に論争となる科学者としての責務の問題です。当代一の大学者で王族でもあるタデオ博士に、王への影響力を行使するように求める修道院長に対し、タデオ博士はそれは自分の関心事ではないと冷淡にあしらいます。実際のところ、この征服によって北アメリカ大陸は統一に向かい、それによって核戦争以前の科学文明社会が復活したことを考えると、果たして修道院長の信念が正しかったのかどうかは疑問ですが、同時にタデオ博士に代表される科学者の道義的道徳的問題に対する無関心が、結局は(600年前と同様に)600年後の破滅を招いているとも考えられます。第三部では首都への核攻撃によって傷つき苦しむ避難民に対して安楽死を認めるかどうかの対立であり、現実には医師の主張の方が尤もに思え、修道院長側の頑迷さすら感じます。しかし死を目の前にした最期の場面で修道院長が神の子の復活という奇跡を目にしたのは、彼の信念の正しさを証明しているのかもしれません。
ところで、この作品の一連の設定から連想したのが、Babylon5の第四シーズン最終話"The Deconstruction of Falling Stars"における3262年の場面です。この作品とほぼ同様に、500年前の大戦争の結果、地球文明は中世暗黒時代相当にまで退化しており、その中でRangerによる修道院が未来への遺産として科学技術を保存し続けています。この作品がBabylon5のこの回にかなりの影響を与えているのはほぼ確実でしょう。
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