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創造された「故郷」 -- ケーニヒスベルクからカリーニングラードへ (ユーリー・コスチャショーフ著:岩波書店)

 ヨーロッパ北部のバルト海沿岸の地図を眺めていると、リトアニアとポーランドの間にカリーニングラード州というロシアの飛び地がある事に気が付きます。ここは嘗ては東プロイセンと呼ばれていた地域の北半分であり、第二次大戦の結果としてドイツ領からソビエト連邦のロシア共和国に併合されました。その時点では連邦の構成共和国単位ではリトアニア共和国によって本土と分断された飛び地だったものの、実質は同じソビエト連邦であり飛び地感はなかったのですが、ソビエト連邦崩壊後には再び真の飛び地となったものです。この本は、カリーニングラード州の東プロイセン時代から現在までの歴史及びその新旧の住民たちについて書かれた一般向け専門書です。なお、カリーニングラード州の州都もまたカリーニングラード市であり、副題にあるケーニヒスベルクは、この街のドイツ時代の名称です。
 そもそも驚いたのが、ソ連の政治家であるカリーニンとこの都市とは実は縁もゆかりもなかった点です。生地であるとか亡命時代にここでカリーニンが活動していたとかいう由来があるのかと思いきや、新たにソ連領となったこの街の名をケーニヒベルクから変更する議論の最中に偶々カリーニンが死亡したために彼の名が付けられたのが真相でした。
 この本を読んで初めて知ったのですが、カリーニングラード州はソビエト時代でも他の共和国との行き来ができない閉鎖状態でした。つまり、最初に書いた「飛び地感がない」というのは実は間違っていて、はっきりと飛び地、というかロシア共和国本体とすら行き来しにくい孤立状態だったようです。元々はドイツ領でロシア人が住んでいなかったこの地域に、スターリンの命令でロシアから半強制的に新住民を移住させた経緯があり、当初は新天地で一旗揚げるつもりだった移住者たちも、完全にインフラの破壊され廃墟同然となった街に嫌気をさして逃げ出し、非常に定着率が低い状態が続きました。そもそもこれらの新住民には山師やごろつきがかなり混じっており、彼らとカリーニングラード州を自分たちの戦利品とみなして政府の命令にも従わず収奪を繰り返す軍部の存在によって州内の治安は極度に悪化し、食糧不足で飢餓状態になっていました。このような危機的状況をクレムリンに訴えた初代の州委員会書記ピョートル・イヴァーノフは、却って党中央に歯向かう者とみなされて叱責を受けて自殺に追い込まれています。この事件以降、カリーニングラード州当局は中央の指令に唯々諾々と従うのみになり、ソ連全体のなかでも停滞した地域となっていきます。
 一方で、元々の住民であるドイツ人たちはかなりの人数がソ連による占領からドイツ内地に逃れたものの、州設立時にも一定の規模の人口が留まり、終戦直後にはカリーニングラード州建設のための労働者として使われました。しかし東西ドイツの分裂がはっきりした1947年末から1951年にかけて10万人以上のドイツ人が東ドイツに強制退去されられています。それと同時に、ドイツ時代の東プロイセンとしての歴史は封印され、ドイツ時代の建築物が多く破壊されたり改名されると共に「この地は元々スラブ人のものだった」という宣伝が行われていきます。ドイツ的過去を語る事がタブーとなったため、「復興」という言葉さえ使えなくなったという話にはちょっと笑ってしまいました。
 ポスト・スターリン時代になって、ドイツ時代の封印にある程度風穴が開いたものの、実際にドイツ時代の遺産を肯定的に評価できるようになるのは、ペレストロイカ時代になってからになります。そしてソ連崩壊後は、東プロイセン時代の歴史を取り戻して観光資源化しようという動きがようやく盛んになり、2005年にはケーニッヒベルク/カリーニングラード750周年が盛大に祝われ、この地で、プーチン・シュレーダー・シラクの露独仏首脳会談が行われています。しかしながら現在でも北のバルト三国に比べて出入国が不便である上に、「新冷戦」の激化によって核弾頭搭載可能ミサイルの配備が進むなど軍事的拠点化が進んでおり、おそらく西側観光客にとっては観光しやすい状況ではなくなっているようです。
 実はこの本を読んでいて感じたのが、カリーニングラード州と「北方領土」との類似性です。両方とも第二次大戦の結果としてソビエトに占領されてすでに80年近い年月が過ぎ、嘗て「創造された」ものであったにしても、現在では現地のロシア人にとってはその地が故郷となっています。そして現在の新冷戦時代になってロシア側にとって重要さが増したために軍事拠点化が進んでいるのも同様で、もはや「返還」などは現実的にあり得ない事を理解すべきではないでしょうか。
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