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人形 (ボレスワフ・ブロス著:未知谷 ポーランド文学古典叢書7)

 以前に紹介した「ラ・レヘンタ」も相当に厚い本でしたが、今回紹介する「人形」はさらにその上を行く厚さの、解説まで含めると1236ページの単行本です。別の翻訳小説の書評をしらべていたときにamazonのお勧めに何度も出てきて気になって図書館で探して借りたのですが、書架での存在感に驚かされました。
 著者のBoleslaw Prus (本名はAleksander Glowacki)は1847年に現在のポーランド最東端にあたるフルビェシェフで生まれたジャーナリスト兼作家であり、この「人形」も1887年から1889年に掛けて新聞連載小説として発表されています。つまり日本で言えば夏目漱石に経歴がかなり似ており、さらに両者の作品の言語が20世紀の両国の国語を育てたと言えるような国民的作家という立場も同様です。
 非常に大雑把な粗筋をまとめてしまうと、理性的で行動力もある平民出身の豪商である主人公スタニスワフ・ヴォクルスキが、零落しかかっている士族(シュラフタ)の娘イザベラ・ウェンツカ嬢を見初めて「恋は盲目」状態に陥るが、遂に決定的な裏切りに逢って目が覚める、というある意味それだけの話です。しかしもちろんそれだけではなく、19世紀後半のポーランドの社会状況とポーランドを取り巻く困難な国際的環境がかなり詳しく物語に取り入れられており、主人公を始めとする登場人物たちの言動や心の動きに現実性を与えています。
 16-17世紀には中欧の大国であったポーランドですが、18世紀末のロシア・プロイセン・オーストリアによる三国分割とその後のナポレオン戦争の結果として大部分の国土を失ってロシアの衛星国家となり、さらにはロシア皇帝による統治が行われていました。アレクサンドル2世の自由化改革に乗じて起こった1863年1月の民族蜂起も失敗に終わり、小説に描かれている時代(1878年)には閉塞状況の中で貴族と士族は一切の労働をせずに無為に怠惰な生活を続けています。近世ポーランドでは他のヨーロッパ諸国とは異なり王権が厳しく制限される一方で土地所有貴族が政治の実権を握っており、さらにその貴族の従者階級であった士族も貴族と一体化して、労働を美徳とする商人・町人階級との間には大きな身分格差がありました。
 そのためウェンツカ嬢にとってはヴォルクルスキに恋慕される事は思いもよらぬ不本意な事であり、さらに父の債権をヴォルクルスキが買い取って帳消しにした事に屈辱を覚え腹を立てます。父のウェンツキ氏が財政的に逼迫する前には彼女はワルシャワ社交界の花形で求婚者が列をなす状態だったこともあり、彼女のために尽くすヴォルクルスキをせいぜい家令候補としかみなしていません。尤もヴォルクルスキの行動もアイドルに一方的に恋心を募らせるストーカーを思わせ、女性読者の目から見るとかなり怖いのではないでしょうか。最終的に彼女がヴォルクルスキとの婚約を受け入れた後も、彼女は彼を自分と対等とは思っておらず、彼が自分に尽くし続けるのを当然視する一方で、自分自身は軽薄な貴族仲間との恋愛遊戯を続け、最後にはそれが破綻の原因となります。
 一方でヴォルクルスキの方は、「永遠に何かしら現実の外に探し求める、純血種のポーランド的ロマン主義者」と訳される存在です。たまたま行った劇場の客席で見染めたウェンツキ嬢を徹底的に理想化して崇拝するだけでなく、社会貢献にも積極的で、貧しい人々や不当な目に逢っている人々を自分の莫大な資産を使って救おうと奔走を続ける社会改革者です。作中の貴族の中では最もまともな人物である公爵が祖国の現状を嘆くばかりで自らの手では何もしようとしないのとは対照的に、小間物店の店員から身を起こした彼は非常に行動的で、貴族・士族たちも忌々しく思いながらも彼に祖国の威信を立て直す事を期待するほどです。そんな彼がことウェンツキ嬢相手にはヘタレと化してしまうのが、なんとも可笑しくかつ読んでいて若干イライラする部分でした。
 ところで作品の途中に、彼はパリで行われている万国博覧会に赴き、様々な驚異を目にして祖国の現状に対して色々と考える部分があります。この万博はエッフェル塔で有名な4回目のそれではなく、1878年の3回目のパリ万博で、ベルの電話機やエジソンの蓄音機、さらには自動車が出品されています。

以下のブログには、この作品の素晴らしいレヴューが掲載されています。 『人形』ボレスワフ・プルス
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