ST-ENT #98

 StarTrek Enterpriseの最終話、現時点ではStarTrekシリーズ全体での最終話となります。TNGでのホロデッキ落ちという噂は聴いてはいたのですが、この設定は想像以上で相当にがっかりしました。あれではENTではなく、TNGの一話ではないですか。
 VOY第六シーズンの"Pathfinder"では、主人公がTNGのBarkleyとDeanna Troiで、本来のレギュラーがホログラム以外で登場したのは最後の最後でしたが、あくまでもそれは長いシリーズの一話にすぎません。それでも直後の"Life Line"で同じ手を使われたときは「またかよ」と思ってしまいました。そもそもこのパターンが「シリーズのうちの傑作」になってしまうのは、本来のレギュラーに魅力がなかった事を物語っています。今度の場合はシリーズを締めくくる最終話ですから遥かに罪が重く、製作者がENTそのものが失敗作だったと認めたようなものです。また皆が書いているように、この時点でのTuckerの死も無意味に感じます。
 一方TNGの一話として考えてみても、この内容にはかなり不満があります。時間的にはTNG #164 "The Pegasus"で、RikerがPicardに遮蔽装置開発の真実を言うべきか悩んでいる間の出来事なのですが無理やりの設定なために、USS Kyushuのエピソードガイドにもあるようにタイムライン的にも映像的にも色々と矛盾が生じています。もちろんこのような長い歴史を持つ作品には段々と矛盾や過去の修正が必要になってしまうのは当然ですが、この場合はENTの最終回を締めくくるのにわざわざ「Pegasus事件」を選んだ理由が全く見えないために、それによって色々の矛盾を生じさせるだけの価値があったように思えないのです。
 このホログラムから悩めるRikerが何を得たのかも、よく解らないところです。結局Pressman提督の求めを断った訳ですから、「昔の仲間がいくら落ちぶれていても、義理は果たす」ではないでしょうし、最後のTuckerとの会話の時点では未だ心を決めていなかったようなので、「連邦創設の理念を再確認して正しい決断を下した」という事なのでしょうが、それならドラマとしては最後のArcherの演説をきちんと聞かせるべきでしょう。もしそういう事なら、Pegasus事件当時ではなくUSS Titanの艦長となったRikerが、連邦の内的危機に対して重大な決断をする際に、連邦創設時の記録映像を参考にした、という設定にした方が遥かに問題が少なかったように思います。
 唯一良かったのは、Shranにもう一度会えた事くらいでしょうか。落ちぶれたとは言え、Jhamelとの間に可愛い娘も居て、すっかりいいお父さんになっていたのにはびっくりしました。しかしTallaって「昔の女」に因んだ名前を娘に付けるとは、Jhamelは気を悪くしなかったんでしょうか。
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