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誓願 (マーガレット・アトウッド著:早川書房)

 以前にレビューを書いた「侍女の物語」の続編で、1985年に書かれた前作から30年以上も後の2019年の作品です。物語世界の中では前作のオブフレッドの逃亡事件から15年後の設定らしいのですが、カバー折込の紹介やレヴューではそう書かれているものの、作中では特に年代設定が明かされていません。さらに言うと、主人公の少女2人が「侍女の物語」の主人公の娘である、というのも、「その可能性もある」程度にしか明かされていないように思います。
 前作では主人公が「侍女」であり、さらにクーデター以前も社会状況にそれほど明るい女性ではなかったために、ギレアデ共和国の国内外の状況がほぼ見えないままでしたが、続編のこちらでは主人公の一人であるリディア小母がギレアデ国内の女性トップとして隠然とした権力を持っているため、国内外の状況がある程度詳しく語られています。ギレアデの領土は旧合衆国の後継国家としては最大ではあるもののテキサス州は独立国家としてギレアデと初期には戦争状態にあり、また西海岸諸州もギレアデと紛争を続けているようです。また「侍女の物語」でも触れられているように、カナダはギレアデの女性たちの最大の脱出先となっており、当然の事ながら両国間は緊張関係が続いています。
 「侍女の物語」ではひたすら強面な「権力の犬」として描かれていた「小母」たちですが、彼女らは国内で唯一公に文字が読める女性階級であり、単純にギレアデの政体を支えるものではなく、体制に適応できない女性の駆け込み寺になるなどより複雑な立ち位置を占めています。特にアルドゥア・ホールのトップに位置するリディア小母は元々は家裁判事という知的階級の出身であり、ギレアデ成立時のクーデター直後に舐めた恐怖と屈辱を決して忘れず、体制への忠誠を装いながら密かに復讐を誓ってギレアデ指導部の秘密情報を収集しています。それもあって司令官たちも彼女やアルドゥア・ホールには容易に手出しをできず、秘密警察トップで事実上の最高権力者であるジャド司令官ですら、彼女には一目置いている状態です。
 このジャド司令官はギレアデ建国メンバーの一人で、当初は特に有能とは見なされていなかったものの、秘密警察トップに就いてから次々と政敵を粛清して最有力の司令官となった人物で、リディアへの屈辱的な拷問を命じた当人でもあります。同時に彼はかなりのロリコンで、幼な妻を娶っては数年で始末して次の妻を娶ることを繰り返すという悪癖を持ち、リディアにはその証拠もつかまれています。ほぼ明らかに、スターリン政権下の秘密警察トップだったベリヤがモデルになっているのでしょう。
 ひたすら重苦しい展開だった前作とは異なり、主人公の女性たちの計画、特に終盤のアグネスとデイジーの脱出劇の成否でハラハラさせられる本作はよりエンターテイメント性が強い展開ですが、正直なところその部分は必ずしも成功した作品とは言えません。特に素人であるデイジーをわざわざギレアデに潜入させて機密を持って脱出させるるという計画はあまりに無理があり、彼女が実はギレアデの対外プロパガンダのシンボルである「幼子ニコール」であることは、却ってその計画の無理さを際立たせています。
 私自身が「侍女の物語」を読んだのが結構以前なので記憶違いなのかもしれませんが、前作の設定との矛盾もやや気になります。こちらでは「創始者」として暗黙の指示を出すだけのリディア小母が前作では実行部隊の粗暴な「軍曹」のように描かれていたのは、作中の15年という年月の差だけでなく「侍女」視点と司令官の娘視点の差が大きいのでしょうが、もしアグネスの実母が(22世紀末の歴史シンポジウムで言われているように)「侍女の物語」の主人公と同一人物というのは、確か彼女は「侍女」になってからの子供は居なかったし、もちろん逃亡の際に子供を連れて行った描写もなかったので、矛盾ではないでしょうか?
 一方で登場人物特に女性陣の描写は中々真に迫っています。クーデター前のリディアが下層階級から抜け出して判事にまで這い上がったというのも、その経験によってクーデター後の大逆境下でも復讐への決意を保っていられたことにつながるように思いますし、司令官の「娘」であるアグネスが大勢に従順ではなかったのも、単に実母からの遺伝ではなく「養母」のタビサからの影響が大きかったのでしょう。またアグネスの親友であり、彼女らの脱出のおとりとなって悲劇的な死を遂げたベッカも、ある意味主人公たち以上に強く印象に残る人物です。
 後の世の歴史シンポジウムでの説明によると、カナダに脱出したアグネスとデイジーの持つ機密文書によって暴露されたギレアデ指導部のスキャンダルにより大規模な指導部の粛清が起こり、それによって国力を大きく損ねたギレアデは崩壊への道を進むことになります。この粛清事件がどうやら前作のシンポジウムで話が出た中期の大粛清と思われるので、やはりギレアデの存在期間は40年程度という想像は正しかったようです。ただ正直なところ、例えば現在のロシアなどを見ている限り、外国から出た指導部のスキャンダル情報で粛清が起こるというのは、どんなスキャンダルの証拠が出ても「ディープフェイク」だと主張すればそれが通ってしまうと思うので、あまり現実的ではないようにも思います。ただ事実上の独裁体制であるロシアと、集団指導体制で足の引っ張り合いが起こりやすいギレアデとは状況がかなり違うのかもしれません。
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