狙われたキツネ (ヘルタ・ミュラー著:三修社)

 P&Mさんのブログに取り上げられていた、2009年度ノーベル文学賞作家ヘルタ・ミュラー(Herta M\"uller)の、現時点で唯一翻訳されている小説です。
 訳者あとがきによると、ヘルタ・ミュラーは1953年にルーマニア西部のドイツ系少数民族の村に生まれ、西部の中心都市ティミシュアラで暮らしながら作家活動をしていましたが、政治的迫害を逃れて1987年にルーマニアを出国し、現在はベルリンに暮らしているとの事です。1989年にチャクシェスク政権が崩壊したきっかけは、このティミシュアラでの反政府運動と治安部隊との衝突であり、この作品は正にその事件が背景となっています。
 題名からスパイ関係の話を想像したのですがそうではなく、主人公は地方都市に住む若い女性です。もちろん彼女もまた、独裁政権下の閉塞状況に苦い思いをしながらも、反政府的な運動に加わっている訳ではなく、平凡に暮らしています。しかしふと漏らした不注意な一言から、秘密警察(セクリターテ)の執拗な嫌がらせを受ける事になります。「秘密警察」というと痕跡を残さないスパイ工作や盗聴などを想像しますが、この場合は逆にアパートへ侵入するたびにはっきりと痕跡を残し、彼女が見張られている事を示して心理的圧力を掛けていくやり方です。題名にある「狙われたキツネ」とは正にそれを表しており、部屋にあるキツネの毛皮の敷物が侵入をうける度に手足を切られてばらばらにされていく様は、実際にそれを体験すれば言いようのない恐怖を感じるでしょう。さらに、映画「善き人のためのソナタ」で描かれた東独社会と同様に、誰が警察の手先なのか判らず、常に監視されているような社会の閉塞性が解り易く描写されている作品です。
 物語の終盤、主人公と恋人の田舎への逃亡以降の、ティミシュアラ暴動からチャウシェスク夫妻処刑に至る記述は、現実の事件と同期しています。しかし、最後の場面に暗示されている通り、この「革命」以降もトップが変わっただけで秘密警察に頼った独裁体制そのものはあまり変わらずになおも続いていく事になりました。

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