イシャーの武器店 (A.E.ヴァン・ヴォークト著:創元推理文庫SF)

 私の子供時代にタイトルは見ていた作品ですが、読んだのは今回が初めてとなります。作者のヴァン・ヴォークトはSF黄金期を支えたカナダ出身(ただし後に米国籍)の大作家で、デヴュー作「宇宙船ビーグル号の冒険」や「スラン」が特に有名です。今回取り上げる「イシャーの武器店」は日本では後に出版された「武器製造業者」との二部作を成すという事は昔から認識していましたが、解説によると実は「武器製造業者」の方が先に(1947年)書かれておりそちらが本編で、1951年に書かれた「イシャーの武器店」は外伝に近い作品のようです。
 物語の最初に登場して未知の世界に投げ込まれる20世紀の新聞記者マカリスターがてっきり主人公かと思って読み進めるとさにあらず、実際の主人公はケイル・クラークとイシャー帝国の女帝イネルダであり、さらに彼らの行動を操っているシリーズを通しての主人公は武器店の創設者である不死者ヘドロックという奇妙な構成の作品で、マカリスターは時間振り子の一方の錘としてとてつもない未来と過去とを行ったり来たりする役割しか果たしていません。もちろんラストの一行で彼の行為が物語世界のすべてを作っている事が判るのですが、それは半ばメタな話で実際の話には一切かかわってきません。

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銀河の間隙より (ランドル・ギャレット著:ハヤカワ文庫SF)

 ずっと以前の中学か高校生時代に一度読んで印象に残っていたSF作品ですが、今回再読してみたところ記憶にない部分が多く、覚えていたのは展開の一部のみだった事を知りました。「銀河の間隙より」という邦題は侵略ものSFの半数くらいには当てはまるのではないかと思えるほどありきたりで、原題の"Anything You can do..."(きみにできるあらゆること)をそのまま生かすべきだったのでは。著者のランドル・ギャレット(ただし発表時のペンネームはダレル・T・ランガート)は魔術が支配するパラレルワールドでの推理小説「ダーシー卿」シリーズが有名な米作家で、内容的には相当に科学的・社会学的考察のしっかりしたSF作品です。

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ラブスター博士の最後の発見 (アンドリ・S・マグナソン著:創元SF文庫)

 昨年新聞の書評で見て記憶に留めていたアイスランド作家のSF小説ですが、さらにpiaaさんのレヴューを読んで購入を決めました。作品自体は良かったのですが相当久しぶりに文庫本を購入したので、通常の厚さの文庫本が本体価格1000円とはいつの間にこんなに本が高くなっていたんだろうとびっくりしました。また、裏のカバーの紹介文「優しくてちょっと奇妙な・・・」は、piaaさんも書かれている通り何だかずれているように思います。以前に紹介した「すばらしい新世界」や「1984年」が20世紀のディストピア小説なら、こちらはビッグデータが支配する21世紀のディストピア小説というべきでしょうか。
 現実世界でamazonで買い物をするとしつこい「関連商品」の広告に悩まされるのは、顧客の買い物情報を蓄積したビッグデータの解析によってamazonが推測した「次に買いそうなもの」を勧めてくる仕組な訳ですが、ビッグデータ解析が究極まで進んだ世界がどうなるのかというのが、この作品の一方のテーマです。ショッピングサイトが蓄積しているのは(本当にそれだけか疑いの余地はあるものの)公式には自社サイトを通した買い物データだけですが、インターネット関連の全ての事業を傘下に収める巨大企業グループが成立し、生体に埋め込まれた端末や超小型監視装置によって個人の全ての行動データを蓄積・解析する事が可能になったとき、個人はもはや自由意志で行動する事は出来ず、「あなたにとって最適」という形で強制された生活を送るようになるこの作品世界は、決して現実味のないものではありません。すでに現実のものになったウェアラブル端末や、「公共の安全」という大義名分によってすっかり受け入れられている街中の監視カメラがさらに進歩していけば、技術的には十分にあり得る近未来図です。
 他方で「世界中の祈りの行き先」や「ラブゴッド」にまつわる部分はかなり幻想的な展開であり、また「インラブ」によって引き裂かれたインドリティとシグリッドの試練と遍歴は深刻でありながらどこかユーモラスです。インラブがシグリットの「運命の人」と計算したペル・ムラの正体がシステムをハックしたストーカーだった展開はかなりぞっとしました。

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スペース・マシン (クリストファー・プリースト著:創元推理文庫SF)

 以前に紹介した「タイムシップ」と同じく、H.G.ウェルズ作品へのオマージュとして同じ英国SF作家によって描かれたSFです。時間と空間とを自由に移動できる「スペースマシン」の暴走によって火星に放り出された男女が、蛸型火星人の地球侵略ロケットに密航する形でロンドンに戻りそして・・・という、題名から連想する「タイムマシン」と同じく非常に有名な「宇宙戦争」とを合体させてさらに一ひねりした作品なのですが、主人公エドワードとヒロインのアメリアのある意味ご都合主義的な火星冒険部分はE.R.バローズの一連の作品をも連想させます。
 さすがにハードSFの第一人者が描いた「タイムシップ」に比べると、特に火星の描写に関してやや粗が目につきます。バローズの火星シリーズとは書かれた時代が異なるのに、火星の地表から見た衛星の様子が地球の月とは一目で違うと判らない(大きさがかなり違い、特にダイモスは満ち欠けが判らないレベルに小さい)点や、さらには地球の半分以下の重力の差も始めのうち気が付かないなどの点はかなり気になりました。しかしそもそも火星に薄いながら呼吸可能な大気があり、人類とほぼ区別がつかない知的生命が存在しているという「火星シリーズ」と同様の世界設定の時点で、細かい点を突っ込むのは野暮というべきなのでしょう。
 興味深いのは、火星の機械文明が「スチームパンク」として描かれている点です。ウェルズの初期SF作品が書かれた19世紀末における科学技術が、20世紀初頭の量子力学や相対性理論による一大転換を受けずにそのまま進歩したような文明がスチームパンクですが、火星の鉄道や侵略ロケットの描写はまさにその路線上にあります。これは「タイムマシン」や「宇宙戦争」の世界にそのまま繋げるために、作者が意図的にそのような設定をしたのでしょう。エドワードとアメリアのロマンスが非常に抑制的に描かれているのも、同様にビクトリア朝小説の伝統に則ったものと思います。

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1984年 (ジョージ・オーウェル著:早川書房 世界SF全集10)

 早川書房の世界SF全集において「すばらしい新世界」と同巻に収録されている、恐らく最も有名なディストピア小説です。ただ、名前は知っていても実際に読んだ人は意外と少ないのではという気もします。と言うのも、私も今回初めて読んでST-TNGのエピソード"Chain of Command"(戦闘種族カーデシア星人)での「ライトの数は幾つか」という尋問が正にこの「1984年」が元ネタである事を知ったのですが、スタートレックファンでそれに言及している人は極めて稀だったためです。
 自由意志を放棄し体制の言いなりに生きる人間にとっては暮らしやすい「すばらしい新世界」とは異なり、こちらのオセアニア国はほとんどすべての人にとって地獄のような社会です。街角やすべての住居に設置された監視装置によってプライバシーは完全に奪われ、家族間でも密告が奨励される超管理社会であり、さらに半永久的に戦時体制で多くの国民が飢え続けているこの社会は、オーウェル自身はスターリンソビエトをモデルとして書いているのですが、現在の日本人にとっては北朝鮮の方がはるかに近いイメージです。ただ、前半で強調されていた「偉大なる兄弟」への個人崇拝や常時戦時体制下での物不足の描写がいかにも北朝鮮と思って読んでいたのですが、主人公ウィンストン・スミスが当局に捕らえられ味方と思っていたオブライエンが正体を現す後半まで進むにつれ、「偉大なる兄弟」に実態があるのか、またそもそも他の二国との戦争すら本当に行われているのかが段々と疑問に思えてきます。
 歴史的事実が刻々と書き換えられ昨日までは当たり前の事実とされていた事が翌日には全く無かった事とされるこの物語においては、主人公目線で真実が何かが判らなくなるのは当然なのですが、本来なら真実が見えているはずの読者さえも大きく混乱してきます。オセアニア政府の公式見解やニュース報道が全く信用できないのは当然として、反体制の精神的指導者であるゴールドシュタインの書物の記述も真実なのか、それとも当局によって書かれたものなのか、そもそもゴールドシュタインが本当に存在するのかすら疑われる状況になり、主人公と同様の立場に追い込まれている事に気付きます。
 考えてみると、現実社会においてすら「何が真実か」は明らかなものではありません。政府権力や報道による「偏向」だけではなく、一つの事実すら立場の違いによってその意味が大きく異なるのが普通であり、ニーチェの「真実など存在せず、あるのは解釈だけ」という言葉は正にそれを表わしています。この「1984年」は、それがグロテスクなまでに戯画化された世界と言えるのかもしれません。

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