ラブスター博士の最後の発見 (アンドリ・S・マグナソン著:創元SF文庫)

 昨年新聞の書評で見て記憶に留めていたアイスランド作家のSF小説ですが、さらにpiaaさんのレヴューを読んで購入を決めました。作品自体は良かったのですが相当久しぶりに文庫本を購入したので、通常の厚さの文庫本が本体価格1000円とはいつの間こんなに本が高くなっていたんだろうとびっくりしました。また、裏のカバーの紹介文「優しくてちょっと奇妙な・・・」は、piaaさんも書かれている通り何だかずれているように思います。以前に紹介した「すばらしい新世界」や「1984年」が20世紀のディストピア小説なら、こちらはビッグデータが支配する21世紀のディストピア小説というべきでしょうか。
 現実世界でamazonで買い物をするとしつこい「関連商品」の広告に悩まされるのは、顧客の買い物情報を蓄積したビッグデータの解析によってamazonが推測した「次に買いそうなもの」を勧めてくる仕組な訳ですが、ビッグデータ解析が究極まで進んだ世界がどうなるのかというのが、この作品の一方のテーマです。ショッピングサイトが蓄積しているのは(本当にそれだけか疑いの余地はあるものの)公式には自社サイトを通した買い物データだけですが、インターネット関連の全ての事業を傘下に収める巨大企業グループが成立し、生体に埋め込まれた端末や超小型監視装置によって個人の全ての行動データを蓄積・解析する事が可能になったとき、個人はもはや自由意志で行動する事は出来ず、「あなたにとって最適」という形で強制された生活を送るようになるこの作品世界は、決して現実味のないものではありません。すでに現実のものになったウェアラブル端末や、「公共の安全」という大義名分によってすっかり受け入れられている街中の監視カメラがさらに進歩していけば、技術的には十分にあり得る近未来図です。
 他方で「世界中の祈りの行き先」や「ラブゴッド」にまつわる部分はかなり幻想的な展開であり、また「インラブ」によって引き裂かれたインドリティとシグリッドの試練と遍歴は深刻でありながらどこかユーモラスです。インラブがシグリットの「運命の人」と計算したペル・ムラの正体がシステムをハックしたストーカーだった展開はかなりぞっとしました。

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スペース・マシン (クリストファー・プリースト著:創元推理文庫SF)

 以前に紹介した「タイムシップ」と同じく、H.G.ウェルズ作品へのオマージュとして同じ英国SF作家によって描かれたSFです。時間と空間とを自由に移動できる「スペースマシン」の暴走によって火星に放り出された男女が、蛸型火星人の地球侵略ロケットに密航する形でロンドンに戻りそして・・・という、題名から連想する「タイムマシン」と同じく非常に有名な「宇宙戦争」とを合体させてさらに一ひねりした作品なのですが、主人公エドワードとヒロインのアメリアのある意味ご都合主義的な火星冒険部分はE.R.バローズの一連の作品をも連想させます。
 さすがにハードSFの第一人者が描いた「タイムシップ」に比べると、特に火星の描写に関してやや粗が目につきます。バローズの火星シリーズとは書かれた時代が異なるのに、火星の地表から見た衛星の様子が地球の月とは一目で違うと判らない(大きさがかなり違い、特にダイモスは満ち欠けが判らないレベルに小さい)点や、さらには地球の半分以下の重力の差も始めのうち気が付かないなどの点はかなり気になりました。しかしそもそも火星に薄いながら呼吸可能な大気があり、人類とほぼ区別がつかない知的生命が存在しているという「火星シリーズ」と同様の世界設定の時点で、細かい点を突っ込むのは野暮というべきなのでしょう。
 興味深いのは、火星の機械文明が「スチームパンク」として描かれている点です。ウェルズの初期SF作品が書かれた19世紀末における科学技術が、20世紀初頭の量子力学や相対性理論による一大転換を受けずにそのまま進歩したような文明がスチームパンクですが、火星の鉄道や侵略ロケットの描写はまさにその路線上にあります。これは「タイムマシン」や「宇宙戦争」の世界にそのまま繋げるために、作者が意図的にそのような設定をしたのでしょう。エドワードとアメリアのロマンスが非常に抑制的に描かれているのも、同様にビクトリア朝小説の伝統に則ったものと思います。

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1984年 (ジョージ・オーウェル著:早川書房 世界SF全集10)

 早川書房の世界SF全集において「すばらしい新世界」と同巻に収録されている、恐らく最も有名なディストピア小説です。ただ、名前は知っていても実際に読んだ人は意外と少ないのではという気もします。と言うのも、私も今回初めて読んでST-TNGのエピソード"Chain of Command"(戦闘種族カーデシア星人)での「ライトの数は幾つか」という尋問が正にこの「1984年」が元ネタである事を知ったのですが、スタートレックファンでそれに言及している人は極めて稀だったためです。
 自由意志を放棄し体制の言いなりに生きる人間にとっては暮らしやすい「すばらしい新世界」とは異なり、こちらのオセアニア国はほとんどすべての人にとって地獄のような社会です。街角やすべての住居に設置された監視装置によってプライバシーは完全に奪われ、家族間でも密告が奨励される超管理社会であり、さらに半永久的に戦時体制で多くの国民が飢え続けているこの社会は、オーウェル自身はスターリンソビエトをモデルとして書いているのですが、現在の日本人にとっては北朝鮮の方がはるかに近いイメージです。ただ、前半で強調されていた「偉大なる兄弟」への個人崇拝や常時戦時体制下での物不足の描写がいかにも北朝鮮と思って読んでいたのですが、主人公ウィンストン・スミスが当局に捕らえられ味方と思っていたオブライエンが正体を現す後半まで進むにつれ、「偉大なる兄弟」に実態があるのか、またそもそも他の二国との戦争すら本当に行われているのかが段々と疑問に思えてきます。
 歴史的事実が刻々と書き換えられ昨日までは当たり前の事実とされていた事が翌日には全く無かった事とされるこの物語においては、主人公目線で真実が何かが判らなくなるのは当然なのですが、本来なら真実が見えているはずの読者さえも大きく混乱してきます。オセアニア政府の公式見解やニュース報道が全く信用できないのは当然として、反体制の精神的指導者であるゴールドシュタインの書物の記述も真実なのか、それとも当局によって書かれたものなのか、そもそもゴールドシュタインが本当に存在するのかすら疑われる状況になり、主人公と同様の立場に追い込まれている事に気付きます。
 考えてみると、現実社会においてすら「何が真実か」は明らかなものではありません。政府権力や報道による「偏向」だけではなく、一つの事実すら立場の違いによってその意味が大きく異なるのが普通であり、ニーチェの「真実など存在せず、あるのは解釈だけ」という言葉は正にそれを表わしています。この「1984年」は、それがグロテスクなまでに戯画化された世界と言えるのかもしれません。

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すばらしい新世界 (オルダス・ハックスリー著:早川書房 世界SF全集10)

「1984年」、「われら」と並ぶ有名なディストピア小説の一つです。以前に紹介した「エペペ」よりはっきりとSF的な内容であり、実際にこの早川書房の世界SF全集10巻に「1984年」と共に収まっています。著者のオルダス・ハックスリーの一族は、特に生物学分野では非常に名門の家系であり、祖父のトマス・ヘンリー・ハックスリーは「ダーウィンのブルドック」の異名で知られる進化論者の大立者、また兄のジュリアン・ハックスリーもユネスコ事務総長も務めた有名な生物学者、そして異母弟のアンドリュー・フィールディング・ハックスリーはノーベル医学生理学賞受賞者です。この小説で描かれる未来での人工生殖技術の描写がかなり現実的な点を見ると、おそらくオルダス・ハックスリー自身も生理学・生物学の素養がかなりあったと思われ、同じ英国の作家であるオラフ・ステープルドンにも共通するものを感じます。
 「1984年」の地獄世界とはかなり異なり、この小説で描かれる未来世界は平和で人々の不満もほとんどない、ある意味で天国のような「すばらしい」社会です。ただしそれは規格化され自由意志を失った人々が暮らす「愚者の天国」であり、嘗て人類滅亡の瀬戸際まで行った世界戦争を教訓として、科学技術と思想は政府によって完全に管理されています。全ての人間は体外受精によって生まれて、親や家庭といった概念は消滅しています。出生前からアルファからイプシロンまでの階級別に分けられた彼らは徹底的に条件付けされているだけではなく、下位階級の人間は意図的に知的・肉体的な成長を阻害されているなど、その部分を見る限り確かにディストピアなのですが、この社会に住むほとんどすべての人間はこの状態を当たり前と考え、なんの不満も感じすに幸福に暮らしています。わずか十名の「世界総統」によって統治されたこの世界は、社会的な不安要因は徹底的に排除された非常に安定した社会であり、あえて言えば中国共産党支配が理想的に全世界に広がった仮想未来がこのようなものかもしれません。ただ、最近の社会の雰囲気からすると、杞憂とは思いますが日本がいずれこの未来に向かっていくかもしれないという恐れも何となく感じています。生殖と性欲との分離は実は現在の日本でも進行中ですし、「倹約は悪であり消費こそすべて」というスローガンは、日銀の経済政策を連想させます。少なくとも言えるのは、誰にとっても生き地獄である「1984年」の世界とは異なり、政府の方針に一切疑問を擁かず思考停止している人々にとっては、この「すばらしい新世界」は生活しやすいのではないでしょうか。
 さらに言うと、知的に卓越しているがゆえにこの世界の秩序になじめない反抗的な人間が流刑されるアイスランド等の辺境はいわば新世界の「外側」であり、その存在がこの世界の安全装置となっているのかもしれません。総統ムスタファ・ムンド自身は体制内で生きて世界を導く役割を選んだわけですが、流刑地もまた一種の社会実験場として機能する事により、社会の永続性に寄与しているのではと思います。
 ところで、アルファ階級の登場人物はすべて男性、ベータ階級はすべて女性となっているのは偶然ではなく、実際にそのように分けられているのでしょうか。この作品が書かれた時代には、男性の方が上というのは特に差別的な意図はなく当然だったのだとは思いますが。

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アフリカの事件簿 -- ワグナー教授の発明 (アレクサンドル・ベリャーエフ著:未知谷)

 少し前に紹介した「眠らぬ人」の続編というか、マッド・サイエンティストのワグナー教授の突拍子もない発明を描いた作品です。実際には、「空飛ぶ絨毯」、「悪魔の水車小屋」の短編二編に、「アフリカの事件簿」というタイトルでくくられた連作中篇二編「アムバ」、「ホイッチ - トイッチ」の合計四編が収められています。

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