忘れられた巨人 (カズオ・イシグロ著:ハヤカワ書房)

 2017年のノーベル文学賞作家の最新の長編小説です。鬼や竜が徘徊するアーサー王伝説の暫く後の時代という世界設定のため一見するとファンタジー小説のようにも見えますが、実際には「現在の平和を維持するために過去の残虐行為を封印するのは正しいか否か」という現代的で悩ましい問いを投げかけている極めて政治的な内容の作品であり、しかも主人公の老夫婦の決断の可否についてもはっきりとは書かないなど、どちらかが正解であると軍配を挙げているわけではありません。そのためかネットで書評を調べてみると「正解教」の信仰されている日本の読者間の評判はあまり高くないようです。もっと言ってしまえば、日本の過去の植民地支配下での行為、特にその否定的な部分を忘れるか否かという居心地の悪い問いにつながるのを恐れているように思えます。

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ブロントメク! (マイクル・コニイ著:サンリオSF文庫)

 マイクル・コニイは1932年に英国のバーミンガムに生まれ、処女作を発表したのが1968年というかなり遅咲きのSF作家です。所謂ニューウエーブ系の作家の一人として主に70年代に活躍し、この「ブロントメク!」も1976年の作品です。なお、1972年にカナダのバンクーバー島に移住しており、2005年にブリティッシュコロンビア州でなくなっています。以前に紹介した「恋人たち」で触れたpiaaさんのブログレヴューで、この作品が「恋人たち」と似てると書かれており、興味を持って読んでみました。なるほど、特に作品のポイントとなる無定形生物「アモーフ」が恋人たちのラリサと重なっており、また舞台となる惑星アルカディアが銀河規模の超巨大企業ヘザリントン機関に惑星ごと買収させてしまう原因となった惑星の生態系描写なども含めて確かに「恋人たち」を思わせます。この惑星の生態系はSFとしても非常に魅力的な題材で、この作品自体ではそれほど展開に関係しないのですが、1973年に書かれた本作の前日話 "Syzygy"で主題として使われているようです。
 ところでこの「ブロントメク」という作品名は、作中に登場する半自律型巨大トラクターの名前から取られています。実のところ同じくヘザリントン機関がアルカディアに持ち込んだアモーフの方がはるかに作品の展開に直接関係しているので、ブロントメクの方をタイトルとしているのはやや奇妙な感じがしますが、惑星全体を買収した巨大企業が住民の意思など意に介せずに力ずく金ずくで開発を推し進めるその象徴としての巨大トラクターの大群と考えると、確かにこちらの方が作品名にふさわしいのかもしれません。これはまた、現在の日本でも沖縄や原発の集中立地する過疎地域で普通に見られる構図です。
以下の追加部分はネタバレとなります。

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人間以上 (シオドア・スタージョン著:ハヤカワ文庫SF)

 以前に紹介したヴィーナス・プラスXの著者シオドア・スタージョンの代表作で、1952年に発表された中編「赤ん坊は三つ」に主人公がそれぞれ異なる前・後編「とほうもない白痴」と「道徳」を加筆して一つにまとめ、1953年に出版されたのがこの「人間以上」です。そのためか作品全体としてのまとまりがやや悪い印象を受けました。特に他者の意思や記憶を操作する能力を持つ主人公ヒップ・バロウズと精神科医スターンとの会話の形式をとる「赤ん坊は三つ」はストーリーが追い難く、これが単独で発表された時点では理解できない読者が多かったのではという気がします。この作品自体が、ヒップの記憶抑制の謎と彼の能力の恐ろしさを描いているが解りにくい「赤ん坊は三つ」に、ホモ・ゲシュタルトの誕生までを描く「とほうもない白痴」と、善悪を考えずに無批判に自分たちの能力を使おうとするヒップを「頭」とするホモ・ゲシュタルトに善悪の概念を与える者が加わり正しい者となる「道徳」が加わって、一つの作品となっている訳で、不完全な能力者たちがまとまって完全なホモ・ゲシュタルトとなるというテーマを体現しているようにも思えます。

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中高生に対する「リーディングスキルテスト」の結果

 日本の中高生のかなり多くが教科書や新聞記事の文章の意味自体を理解できていない事を示す「リーディングスキルテスト」の結果がしばらく前に報じられました。
教科書の文章、理解できる? 中高生の読解力がピンチ
 このテストに使われた中学社会科教科書の文章に対して、ネット上では「誤解の余地のある悪文であり、これでは文章読解力など測れない」という批判が多く挙がっています。しかしこの調査を行った国立情報学研究所の新井紀子教授のtwitter等を読んだり、また自分でもテストの内容を読み直してみれば、その批判は的外れである事が判ります。
 

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恋人たち (フィリップ・ホセ・ファーマー著:ハヤカワ文庫SF)

 「階層宇宙」や「リヴァーワールド」シリーズなど奇想天外な世界での冒険SFで有名な作家フィリップ・ホセ・ファーマー(1918--2009)の、1953年に発表された事実上のデヴュー作です。piaaさんのレヴューで興味を持ち、図書館で借りて読んでみました。それまでの米SFのタブーを打ち破った「セックスをテーマにしたSF作品」と紹介される事が多いようですが、少なくとも現在の感覚から言うと特にエロチックな描写はなく、ただ異星人の人類とは全く異なる性のあり方とその進化を描いている作品です。日本語で「セックス」というと「性」よりも「性行為」の方を指すのが普通なので、「性をテーマとした」という方が適切と思われます。巻末の訳者(伊藤典夫氏)による解説にある「1940年前後に氾濫したバルブ雑誌の多くは、きまりきって裸女と怪物の表紙で読者を釣っていたが、その中身は生殖器などありそうもない男女が右往左往するだけ」という表現には笑ってしまいましたが、指摘されてみると確かにその通りです。「火星のプリンセス」でのデジャー・ソリスに迫る邪悪な緑色人を始めとする半裸の美女を襲う宇宙怪物たちの目的が一体何なのか、全く異なる種族の間に性交渉が存在し得るのか疑問ですが、性のタブーのためこの時代のSF作中には何も書かれていません。確かアーサー・C・クラークの皮肉にあったように、「ベム虐待防止協会が、ベムたちがやろうとしている事をヒーローが妨害するのをやめさせてほしい」というのもごもっともです。

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